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「まとまり」というものさし

 私が好きな作品というのは、漫画にせよ音楽にせよ、中には自分でもどうしてそれが好きなのかよくわからないものも多くある。
 そういったものを誰かと一緒に見る時、「つまらない」「ありきたりだ」「奇抜すぎてついていけない」と言われると、少なからず悲しいが、一方で「その通りだ」と考える自分がいる。

 自分でも、その漫画はストーリーがありきたりでつまらない、とか、そのアーティストの曲は奇抜で一般受けしない、とか、重々承知なのだ。それでも、人に勧めたいほど好きなものは好きだ。
 今回はその理由を少し掘り下げてみようと思う。

魅力的な作品にあるもの

 ではまず、私は一体そういった作品の何に惹かれているのだろうか。作品を見たり聞いたりする上で、私が良く気にしている事を挙げる。

  • 用いられているテクニック
  • 用いられている道具や人間のクオリティ
  • 作品全体としてのまとまり

 高度な技術や良い素材を使った作品が素晴らしいのは当たり前だ。今回は三番目の「作品全体としてのまとまり」について考察する。

「まとまり」とは何か

 此処で私が使った「まとまり」とは何なのか。私自身も一言で言い表す事は出来ない。ただ、その作品のどこが好きか、と訊かれたと仮定して、自分は「まとまりが良かった」と答えるだろう作品を多く思い付いただけなのだ。

 おそらく、これには自分が表現者であるゆえの、クリエイターにしか無い視点なのではないかと思う。
 普通、例えば映画を見るとして、最も重要なものさしは「面白かったかどうか」だ。わくわくする展開を期待して見に行ったのなら、ストーリーが面白ければ良い。俳優のファンで出演しているから見に行ったのなら、その俳優の出番が多ければ良い。そこには作品を通した種々のバランスは必要無いのだ。
 勿論、様々な観覧者を想定すれば、制作者は出来るだけそれらのバランスを取って一般受けするように工夫する必要がある。しかし、どのような作品にもターゲットとなる層は存在する。商業の場合はその層に合わせてまたバランスを調整するだけだ。

 私の言う「まとまり」は、そういった作品を魅力的にする種々の要素間のバランスの事を指しているわけではない。

「まとまり」とは、想いだ

 要約するとそういう事になると思う。誰の想いだろう。それは、制作者のものだ。

 想い、とは言ったが、別に感情的なものでなくても良い。現実に存在するものでなくても良い、というか、寧ろ大半が虚構だろう。
 「まとまり」とは、制作者が表現したかった事が、上手く作品の中に落とし込まれている事だ。

 どうして私がそれを重要視し、まとまりが良い作品を高く評価するのか。それは私自身の表現力が未熟なため、自分の表現したい事を思ったままに表現する、という事に強い憧れを抱いているからだと思う。

 無論、技術があればそれは容易になるだろう。他の魅力的な要素が揃っていれば、誰もが高く評価する作品になり得る。
 例として『鋼の錬金術師』を挙げたい。非常に有名な漫画作品で、読者の方々も名前くらいはほとんどの方が知っていると思う。私はこの作品を最後まで読んだ時、そのまとまりの良さに感銘を受けた。連載漫画作品で、キャラクターの魅力もストーリーの面白さも下げる事無く、こんなに綺麗に物語前半の複数の伏線を回収した作品はなかなか無いと思う。

 しかしそうでなくとも、まとまりさえあれば、私は好んで作品を見る事が出来るのだ。勿論、まとまりがあるかどうかを判断するには、作り手の想いが見る側に上手く伝わっている必要がある。
 舞台『刀剣乱舞』では、観覧直後、私は主にキャラクターの再現性や役者の演技力にのみ感動していた。それは、私がキャラクターが3次元で動くのを楽しみにその舞台を見に行ったため、他の点にまで視界が及んでいなかったからである。

 しかし、時間が経つにつれて私はその「まとまり」も素晴らしかったのだと再認識した。
 刀剣乱舞の舞台のストーリーそのものはありきたりで、原作ゲームのファンでなければエンターテイメントとして楽しむのは難しいかもしれない。だが、種々のメディアで舞台裏の様子や作り手のインタビューが公開され、彼等が何を表現したかったのか(何を伝えたかったのか、ではない)、そしてどこまでそれを表現したかがわかってきた。
 結論として、彼等はその世界を最大限、あの舞台上に作り上げたと思う。関係者は不満に思った事や課題が見えているかもしれないが、少なくとも一観覧者としての私は、非常に「まとまった」作品だったと思う。

何をものさしとするかは人それぞれ

 色々言ってきたが、別に他人に対して「だからまとまりを重視して作品を鑑賞しろ」とは思わない。私自身、ストーリーを楽しむべきものはストーリーを評価するし、音楽をメインとして作られているものに対しては音楽の出来を第一の指標とする。
 作り手としても、勿論自分が表現したい事をどう落とし込むかは重要だが、何よりも技術が無ければその表現の幅も狭まる。精進していきたい所だ。


 ところで、数日前に『ジュンケツヲトメ』という歌詞を公開した。作詞した日付は投稿の前の日になっているが、これは最近机の奥から掘り出した紙に書かれていた、古い作品を公開時に手直ししたものだ。少しだけなら日付は古いままにしておくが(これを書いた頃日付をメモする習慣が無かったのだが、恐らく2007年後半に書いたものだ)、少々手を加えすぎたので今の日付にしておいた。
 普段なら古い作品は誤字訂正やひらがなを漢字に直す程度で、基本的にはそのまま公開している。だが今回はどうしても今の語彙で書き直したかった。何故ならこの歌詞に「まとまり」を感じたからだ。
 当時ハマっていたALI PROJECTに影響されて書いたものだが、テーマがシンプルで迷いが無い。最近はネタ切れの感もあって自分でも何を書きたいのかブレブレなので、かつての自分を見習いたい所だ。

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