「既に詞が書けるのに作詞本を読むのは何故か」と問われた話

 私の本棚を見ていた知人がそう言ったんです。
 正直な所、意外過ぎる質問でした。

 その時は「貴方だって既に〇〇の仕事をしているけど、〇〇の本は読むじゃないですか」と返しました。
 しかし、以前別の知人に「どうやって作詞できるのかわからない」と言われた事を考えると、作詞をする人としない人との間では結構な意識の差があるのかなと思ったお話。

結論:既に詞が書けるのに作詞本を読むのは何故か

 それは「〇〇の仕事をしている人が〇〇の本を読む理由」と同じです。
 つまり、もっと良い歌詞を書きたいからです。

 良い歌詞を書くのに定石が無いというのは大きな間違いです。
 仮に万人に通用するテクニックが無かったとしても、時代によってマジョリティが好む歌詞というのは変わっていきます。
 その流れを過去の成功例から学び、今後のヒットを予測するのにも、作詞本は役立ちます。

作詞をしない人が抱いている誤解

 知人がこのような質問をしたのは、どうも

  • 作詞と作曲はセットで行う
  • 歌詞は曲が出来上がった後、曲に合わせて作る
  • 誰が書こうが歌詞のクオリティに大差は無い

という誤解があったからのようでした。

 JPOPでも、作詞家と作曲家が別々の曲は多くあります。
 私もこれまでに400作以上歌詞を書いてきましたが、曲を付けたのはその10分の1くらいです。

 どうしても作曲には楽器や機材、音楽の素養が必要となりますが、日本において(それが正しいかはともかく)日本語を書けない人はほぼ居ません。
 なので、作詞だけを行っている人もそれなりに見かけます。(というのを知人に言ったら意外そうにされました)

 個人的には作詞の方が参入障壁が低い分、作品のクオリティも分散が大きいと考えます。
 誰でもそれなりに字数を揃えた日本語を書いて「これは歌詞だ」と言い張れば作詞をしたことになるのです。

 そこから「メロディーを付けられる歌詞」「リスナーに好きだと言ってもらえる歌詞」になっていくには、沢山他の人の曲を聴いたり、作詞本を読んだりして切磋琢磨する必要があると思っています。

 歌詞は曲が出来上がった後、曲に合わせて作るというのは、いわゆる曲先制作ですね。
 そのパターンの方が多いとは思いますが、詞先制作の場合もあります。

 古い詩から曲を書き起こす場合もありますし、私の様に「メロディーを字数に合わせて作る方が楽だから」歌詞を先に作る人間も居ます。

 いずれにせよ、メロディーが足枷となって歌詞の表現の幅が狭められるとは限りませんし、曲先であっても最大限の表現をするのが作詞家というものでしょう。

作詞本情報メモ

 という事で作詞本を収集しています。これ以外にも集めていますがリスト更新と、肝心の読むのが追い付いていない…。

書評あり

2012年出版
思いどおりに作詞ができる本
誰にでもできる作詞講座
2010年出版
よくわかる作詞の教科書

収集済み

未収集

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