第5章:うっかり見られちゃうジータちゃん

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  • 6894字

「『ベス』……?」
 スツルムが立ち止まり、怪訝な顔をした。
「エリザベス」
 俺は二人が消えた方角を睨んだまま、教えてやる。
「ベアトリクスの姉の名だ」
 つまり、ドランクの本来の許嫁の名だ。ベアトリクスを見間違えたのか? いや、ベアトリクスが何と言ったのかは聞き取れなかったが、彼女と共に死んだ者の幻覚を見て駆け出して行ったと考える方が自然か。
「どうすんだよ、追いかけるか?」
 いずれにせよ、あの頭の回る男が我を忘れる程の異常な事が起こっている事には違いない。
「暗いし崖から落ちたりしたら大変!」
 ラカムの問いに、ジータは追いかけようと言う。スツルムは首を横に振った。
「でも、あたし達までバラバラに逸れたら……っ」
 再び風が吹く。今度は竜巻の様に俺達を包んで、止んだ。
 その時には遅かった。
「……おい」
 呼びかけには誰も答えなかった。ややあって、スツルムがその場に膝をつく。
「父さん……母さん……」
 此処には居ない誰かを見る目。
 そうか、燃やした枝に例の札の材料か、或いは別の有害な何かが。俺は布で顔を押さえているから免れているが、煙を吸うとまずいのか。
 マスクをしっかりと押さえ、炎の方を見遣れば、その向こう側で団長が膝を抱えて泣いている。
「『すぐ帰ってくるから』って……すぐっていつ……?」
 ラカムは何も言わない。しかし座ったまま微動だにしないところを見ると、正常な精神状態には見えなかった。
 俺は火を消すかどうか迷った。消さなければ皆は幻覚を見続けるだろう。だが、消してしまえば、グランサイファーに残した者達に、俺達の居場所が知らせられない。
 三秒だけ悩んで、拳銃に手をかける。緊急事態を知らせるのが先だ。

「流石に遅すぎね?」
 ローアインは夕食の支度をしながら、不安げに食堂の窓の外を見た。陽はとっぷり暮れているのに、ジータ達が戻って来る気配が無い。
「すまない、探しに行きたいのは山々だが……」
 少し熱が下がったのか、起き出してきていたカタリナが言う。その腕に抱かれているビィも、鼻水を垂らしていた。
「こうもくしゃみが出ちゃあ、何かあっても対応できね……っくしょい!」
 オイゲンも苦しそうだ。ここは、アレルギー症状の出ていない面子で行くしかない。
「アオイドス、ジータ達を探しに行こう」
 私は平気そうな顔をしている彼に近付いた。湿疹の出たジェームズに柿を向いていた彼は、私の予想に反して首を横に振る。
「なんで!?」
「落ち着けハカナイドス、これから夜が更ける。ただでさえ夜の山は危険なのに、今から行けば二次被害は避けられないぞ」
「フェリだ。もうライヴには出ないからな。……じゃなくて、だからって朝まで待つのか!?」
「道に迷って野宿する事にしただけかもしれない。何かあればこっちに知らせようとしてく――」
 アオイドスの言葉に、破裂音が重なる。銃声だ。
「何かあったみたいだな」
 私がそう言うと、アオイドスは剥き終わった柿をジェームズの前に置いて、立ち上がる。
「仕方無い。最小限の人数で行こう」


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