第9章:お前には渡さない

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  • 5937字

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初登場ドランクが理想の最強ミステリアスお兄さんムーブしてたり。
霧の島の話までは入っています。


 それはそれは見目麗しいエルーンだった。
 黒い服に映える、何処までも続く空の様な青い髪。背は高いとは言えないものの、凛と伸びた背筋は彼の生来の品の良さを良く表している。
 そして、まるで人情というものなど知らない、という風な無表情はまだうら若く、ただ真っ直ぐと、今しがた水をかけてきた少女の顔を見据えていた。

「訃報です、ドナ」
 ある朝、手紙の仕分けをしていたヴォルケが、いつもと同じ声色でそう言った。こんな仕事だ、知り合いが死ぬなんてのは、何も珍しい事ではない。
「今回は誰だい?」
 名を聞くと、何度か一緒に仕事をした仲だった。もう数年会っていなかったが、こうやって家族から手紙も来た事だし、葬儀くらいには顔を出すか。
 そう思って赴いた時、私は丁度、彼が水をかけられている現場に遭遇したのだった。
「この人殺し!!」
 そう言って彼の前髪を濡らしたのは、亡くなった傭兵の末の妹だった。
「お兄ちゃんを返してよ! なんで味方に殺されなくちゃならないのよ!!」
「落ち着きなさい、お兄ちゃんの事は事故なのよ」
 母親が水をかけられた青年に謝りながら、泣き喚く娘を宥める。
 死因は手紙に書いてあったので知っていた。なんでも、複数の敵に追い詰められた仲間の魔術師が、敵も味方も容赦無く、彼の周囲に居た者全てを魔法で薙ぎ払ったのだとか。
 味方で死んだのは一人。怪我人が数名。大規模な戦闘ではよくある話だ。水をかけられた彼、まだ若いし、実力で劣った者が自分を守る為に必要以上の力を出してしまうのも仕方ない。私も殊更、責める気にはならなかったし、葬儀に同席していた他の傭兵達も、そう言って少女を宥めていた。
 その喧騒に終止符を打ったのは、他ならぬ青い髪のエルーンだった。
「僕が死んで詫びたら、気が済みますか? お嬢さん」
 ……死が身近な仕事とはいえ、流石に今此処でその発言をするのは、鈍感すぎやしないか? とにかく、無表情のまま、まるで今日の天気を尋ねるかのような声色で言った彼に、普通の人間と同じ感情論など通じない、という事は解った。
 問いかけられて静かになった少女が、ややあって叫ぶ。
「あんたの命にそんな価値無いわよ!!」
 それを聞いたエルーンは、何処か安堵したように少しだけ表情を緩める。
「……僕が居る限り、収まらないでしょう。失礼致します」
 言って踵を返し、入り口付近で私とすれ違った。たった一瞬、肩が触れるか触れないかという距離で感じた、彼の纏う空気。
 私は、何故だか知らないが生まれた時から他人の心情に敏かった。部屋を出ていく彼を振り返る。
 そのエルーンが感じていたのは、理不尽さの中に埋もれようとしている、深い悲しみだった。


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