第12章:こうして歯車は狂う

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  • 2484字

 俺とアイは外に出た。近くで待機していたローバーを連れて研究所から距離を取る。
 四階の一室の壁が吹き飛び、白煙が上がっていた。放射線強度は正常。爆薬の種類を調べようと思ったが、流れてきた煙の中に爆発性の高い成分は含まれていなかった。
「…何かの内圧が原因で爆発したのか?」
「調査の為にもう一度建物の中に入りますか?」
「いや、もう少し様子を見よう」
 アイは自分達が狙われているかもしれないなんて考えていないのだろう。俺はアイを引っ張り、近くにあった壊れたトラックの残骸に身を隠して研究所を観察した。
「中に入らないと生体反応は流石に感知できねえか…」
 研究所の分厚い壁を睨みつつ、自分達が狙われる理由や、殆ど空っぽのテラにどうして生き残りが居るのかを考えたが、特に人間に恨まれる様な事はしていない。そもそも、人間の仕業か?
「人間は戦争で滅んだけど、戦闘用アンドロイドの一部がまだ『生きてる』のかな」
「戦争は未発達な文明における無意義且つ無益な殺戮行為です。私達を造った高度な社会がそんな事をする筈ありません」
「あー…お前、一応国家が作ったプログラムだから、そういう都合の悪い事は知らないのね…」
 実の所、どの国も宇宙開発から手を引くに引けなかったのは、ずっと冷戦状態が続いていて、敵国の基地が地球外に作られる事を恐れていたからだというのに。
「人間はこの宇宙を理解する為に生きて、次の世代を再生産[リプロデュース]するのです。私たちが持ち帰ったサンプルは、宇宙の神秘を解き明かす大きな一歩となるのです」
「この期に及んでまだそんな事言うのか」
 アイの言う事が真実なら、人類は道半ばにして全員無念の死…って訳か。
「戦争…戦争ね…。ったく、俺達ヒューマノイドは存在意義がはっきりしてるが、人間ってのは太古の昔に発生してから殆どずっと『ただ生きてきただけ』だったみたいだからな」
 尤も、戦争で滅びる為に人類が生かされていた、というのも、間違いであってほしいが。

 それきり、アルバートは姿を見せなかった。マーカスが次に人間を見たのは、二日後だった。
「おう」
 部屋に来た数人の研究者達は、工学研究所の一室に実験体として拘束された人間が居た事に心底驚いた様だった。
「点滴替えてくれ。干乾びて死んじまう」
 マーカスのこの態度にも驚いたようだった。点滴の知識も技術も無いからか、顔を見合わせる研究者達に言う。
「腕にカテーテル刺さってるだろ。チューブ抜いて付け替えるだけだ」
 本当はマーカスは魔法でどうにか出来るのだが、この世界では魔法は空想上のものだと信じられている。一般人に無闇に見せれば大パニックだ。
「あ、貴方は…いつから此処に?」
「五十年くらい前かな?」
 どう見ても二十代前半のマーカスの言葉を誰も信用しなかった。マーカスはとりあえず、アルバートが残していったデータを見るように言う。
 研究者達は一通り読み終えた後、マーカスから離れた位置でひそひそと相談し始めた。尤も、そう広くない部屋なのでマーカスにも内容は丸聞こえだが。
「五十年前からというのは本当らしいな」
「じゃああれは不老不死!?」
「おったまげた。こりゃ、高い金を出して買った甲斐が…」
「寧ろ精神定着よりもこちらを研究した方が…」
 色々と揉めたていたが、やがて「敵国」「人間兵器」という不穏な単語が聞こえ始め、マーカスは我慢ならずに質問した。
「戦争してるのか?」
 研究者達は黙ったが誰も答えない。マーカスは舌打ちした。
(俺が行かないなら、俺の周りで血を流すってか…)
 マーカスは書物が自分を飼い殺すつもりである事を知っていた。マーカスは賢者としての役目の遂行に積極的ではないが、書物を破壊するのが最善策だとも思っていなかった。自分に危害を加えない、最低限の仕事はしている賢者を殺すのは書物にとってもメリットが無いし、第一、マーカスを死という形で任務から解放してやるだけになってしまう。生かさず殺さず…マーカスを闘争の賢者たらしめておく事が、書物が彼に与える懲罰だった。
(…しゃあねえな)
 カチャリ、と音がして、再び話し始めていた研究者達が振り向いた。物陰になっているベッドの様子を見に一人が覗き込むと、彼を拘束していた装置の力を吸収して、自由の身になったマーカスがその上に立っていた。
「皆! 被験体が逃げる!」
 叫ぶ男の口を塞ぎながら押し倒し、逃げようとしたが足が縺れる。力を使ってなんとか立てたが、何十年も殆ど見動きが取れなかった所為で全身の筋肉が萎縮しているのだ。
「離せ! 犠牲者を増やしたくないだろう!?」
 書物はマーカスにあらゆる指示をした。ある戦では一つの国を壊滅的に追い込めと。また別の戦争では大虐殺をさせろと。そういう歴史を実現する為に時の有力者達に働きかけるのが賢者の役目だ。
 だが今回は違う。以前書物から聞いていた予定では、向こう三百年はこの星では大規模な戦争は起こらない筈だった。書物が多少の予定を変更してでもマーカスに罰を与える事を優先したのだろう。書物は、そういうものだった。
「何の事だ?」
「戦争だよ! この戦争は起こらない筈だった! お前等の家族が余計な事で死んでほしくないだろ!?」
 そう、自身の為に誰かが殺されるなど、あってはならない。
 マーカスは精一杯もがいたが、多勢に無勢であっという間に捕まってしまった。仕方無く魔法を使う事を検討し始めた時、首の後ろを強く打たれて気を失ってしまう。
 リーダー格の研究者が言った。
「この研究の規模を拡大しよう」
「しっしかし、どうやって…」
「この被験体は貴重だ。精神定着よりも他の調査をした方が良い。宇宙開発課を縮小移動させよう」
「でっでも…宇宙開発課だって黙ってないんじゃ…」
「例の計画の追尾しかやってない、会社のお荷物にワンフロアを占有させておく必要があるか? 第一、もう全ての宇宙船を見失ってしまったんだろう?」
 そう言われると反対の言葉は出ない。
「精神定着の実験は地下で他の人間でやれば良い。例えば…」
 興奮した面持ちで言い切った。
「死刑囚や捕虜を使ってな!」

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