第18章:さよなら

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  • 4679字

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初登場ドランクが理想の最強ミステリアスお兄さんムーブしてたり。
霧の島の話までは入っています。


「良いのか本当に」
 数日後、ヴィクトーは無事退院する運びとなった。
「俺がそうしてくれって頼んでんだよ」
 しかし、右手だけでテキパキと支度をするヴィクトーを見つめるエリオットの表情は暗い。手伝いに来たのに支度はもうほとんど終わっていて、ヴィクトーが言い出した事に驚いて訊き返したところだった。
「俺にはそれが必要だ」
 エリオットはベッドの脇に置かれた机の上の紙を見た。溜息を吐く。
「必要ったって…もう国王…じゃなかった、ラザルス氏の魔法は切れてるんだろ?」
「切れてるよ。だけど、だからって誓いを無効にしたわけじゃない」
「だったら!」
 エリオットは此処が病院だという事を忘れて大声を出した。
「お前のしようとしてる事は、それこそその誓いを破る事じゃないか!」
「そうだよ」
 ヴィクトーは鞄の蓋を閉めるとエリオットを振り返った。
「だからやるなら真っ向からやりたいんだ。もう誰の名前も借りないし、元から仲間だったかのような顔もしない」
「……」
「頼むよエリオット」
 そう微笑むとヴィクトーはエリオットの胸にその顔を埋めた。昔、彼が幾度も甘えた時の様に。
「最後の我儘だ」
 エリオットは深く深く、先程の倍以上の時間をかけてゆっくりと息を吐いた。もう、何を言っても無駄なのか。
「…傍に居てやってはくれないんだな」
「最初からそうしておけば良かったんだ」
「……」
 エリオットは何か言いかけてやめた。慰めや償い等、ヴィクトーは望んでいない事くらいとっくに知っている。
 ヴィクトーを引き剥がすと、エリオットは胸ポケットからペンを取り出して書類にサインした。
「ありがとう」
 ヴィクトーはそれを受け取る。笑顔の彼とは対照的に、エリオットは顔色が悪い。
「…これが『最後』にならない事を願うよ」
 言ってエリオットは病室を去った。残されたのは、ヴィクトーと、養子縁組の破棄を申請する為の書類。
「…さよならか」
 書類を片手でなんとか畳み、ポケットに突っ込むとヴィクトーは鞄を掴んだ。カーテンの開いた病室の窓から、ウィリアムズの片田舎の風景を眺める。
 この景色も見納めかとしみじみしながら、ヴィクトーは踵を返して病室を後にした。

「…やれやれ」
 ヴィクトーは約一週間ぶりの自宅の前で立ち止まった。左手はまだ包帯でぐるぐる巻きなので、右手の鞄を廊下に置いて鍵を取り出す。
「お兄ちゃん!」
 突然の声と寮の階段を駆け上ってくる音。ヴィクトーは振り返らずに尋ねた。
「学校は?」
「そんなのサボり! お見舞い何回も行ったのに、なんで面会謝絶にしてたの?」
 ルークリシャはヴィクトーの部屋がある階まで上ってくると、鍵を取り出すのにモタモタしていたヴィクトーの背中にしがみつく。ヴィクトーが漸く扉を開けると、当然の如く彼女も引っ付いて中へ。
「エドガーさんも心配してたんだからね!」
「ああ」
 ヴィクトーは荷物を解きもせずに、そのまま部屋の奥へ。ルークリシャは不思議に思い、玄関に置きっぱなしにされた鞄を掴んでその後を追う。
「お兄ちゃん?」
 寝室ではカーテンが閉められたままの窓にヴィクトーが寄りかかって此方を見ていた。薄っすらと差し込む陽光が逆光となり、暗い室内ではその表情がはっきりしない。
「…どうしたの? 荷物ここで良…」
「もう一度だけ聴く」
 ルークリシャの言葉を遮る。その声は全くいつもの調子と変わらず、ただルークリシャは首を傾げただけだった。
「俺について来るか?」
「もちろんよ!」
 嬉しそうに即答し、鞄を置いて近付いてきたルークリシャに、ヴィクトーは言い放った。
「じゃあさよならだ」
「え?」
 抱き着こうとしていたルークリシャは一瞬動きを止めたが、既にヴィクトーの左腕が伸びてきていた。手先は使わずに腕の力だけで押さえ込まれると、すぐさま今度は右手で口を塞がれる。
「!?」
「お前がもっと大人な判断が出来たら他の方法も考えたけど」
 ヴィクトーは耳元でそう呟く。一体何をされるのかと期待半分不安半分で、ルークリシャは抵抗せずに大人しくしていた。
「…お前はまだ子供だ」
 その言葉に続く、何処かで聴いた様な旋律。ヴィクトーが歌っている。
「ん! んん! んんんん!!」
 まだ歌詞の全容は判らないが、強引に口を塞いで逃げられないようにしてまで聴かせる辺り、自分が望まない内容の魔法を掛けようとしている事くらい解る。ルークリシャはもがいて叫ぼうとしたが、近くにあったベッドに押し倒されてそのまま身動きが取れなくなってしまった。
 何分格闘しただろう。ルークリシャの力で本気のヴィクトーを押し退けて逃げる事は出来なかった。途中で耐えられない程の頭痛と、ヴィクトーが自分の話を聞いてくれない悲しみや憤りにルークリシャは泣き始めたが、ヴィクトーは彼女の耳元で歌う事を止めなかった。ルークリシャが疲れ果てて眠りに落ちるまで。
(…こうするしかなかったんだ)
 ヴィクトーはルークリシャを放すと立ち上がって眠る彼女を見下ろした。彼の息も上がっている。
(…こうするしか!!)
 彼女が自分への想いを断ち切ってくれないのなら。
 ヴィクトーはルークリシャの顔を眺めるのを止めると、電話をかけに廊下へ出る。精一杯、いつもの声色を装って話し出した。
「もしもし、エリオット? ルークリシャの奴、学校サボって俺を待ち伏せしてたと思ったらわんわん泣き喚いて疲れて寝やがんの。悪いけど迎えに来てくれ」

 次の日の早朝、ヴィクトーは馬車で国の中央を目指していた。
 自宅は昨日の内に荷物をまとめて引き払っていた。元々一人暮らしで物は多くなかったし、家具は殆ど備え付けだったから友人を呼んで手伝ってもらったらすぐに終わった。仕事の方も昨日付けで正式に退官となっていたし、いずれあの職員寮からは撤退する必要があったので早い方が良い。
 それに、おちおちしていると捕まってしまう。
 ヴィクトーは自分の全財産を手に役所の前で降りると、昨日の書類を提出しに行く。
「…よろしいんですか?」
 その紙を渡され、チェックし終わった職員が尋ねた。
「養子縁組を破棄したら、貴方、国外追放になりますよ?」
 ヴィクトーには祖国が無い。ウィリアムズ国に移住する場合は、他の国の国籍や戸籍等が無い場合、個別の定住条件が課される。ヴィクトーの場合はウィリアムズ国民との養子縁組が定住条件になっており、また、定住許可が国籍取得の条件でもあるので、エリオットとの養子縁組を破棄する事はウィリアムズへの定住資格や国籍そのものも破棄する事と同じなのだ。
「承知の上です。お願いします」
 失職したばかりのヴィクトーには別条件での定住許可も直ぐには下りない。入国審査官だったヴィクトーはその辺りも当然知っている。
「では…全ての身分証をご返却願います。国籍も抹消されますので、また移住される場合には再度定住審査をお受けください」
「国外退去の強制執行とかあるの? 個人で勝手に出て行くのもまずいんでしょ?」
「それはですね、勿論あるんですが…」
 と、此処で対応していた女性事務員が、カウンターに乗せていたヴィクトーの左手を見る。
「お怪我をされていますね。まだ治療が必要ですか?」
「まだ抜糸してないしリハビリは必要だって言ってたな」
「それなら、通常の国外退去ではなくトレンズへの一時的移民という選択肢もありますが」
「…何それ?」
 聞き覚えのない制度にヴィクトーは効き返す。
「トレンズとの国交が正常化された時に他にも色々取り決めをしたんです。あまり知られていませんがトレンズへの一時移民もその一つです」
 説明してもらった所によると、年々人口が減っている島国トレンズでは、労働者不足の問題を解消する為に移民の受け入れ条件を緩くしているらしい。特に、他国で不法滞在等で国外退去を命じられた人間に、それ以外の犯罪歴が無い場合は無条件で一時的に国内に滞在する事を許可している、との事だ。定住審査を受けて通ればそのまま居付く事も出来る。
「渡航費用がかかるので健康な方なら通常通り南以外の各門から国外退去となるのですが、治療の必要な傷病者等に限ってはトレンズへの渡航費用や入国手続き等の支援をしています」
 ヴィクトーは考えた。
 ヴィクトーの目的は、ルークリシャからラザフォードの注意を逸らす為に、自ら国外へ出て自分がウィリアムズの外に居るという痕跡を残しながら逃げ回る事だった。当然、そんな行動をエリオットが容認する筈がないので、彼には魔法の本場アンボワーズに行って歌の解除魔法の研究をしてくると嘘をついてサインを貰った。
 しかし、左手がこの状態ではどのくらい続けられるか疑問だった。武器らしい武器もまだ手に入れていない。ラザフォードに見付かれば命を捨てる覚悟で戦うつもりだったが、早々に自分が死ねば次はエドガーやルークリシャが狙われるのだ。そんなに早くも死ねない。
「一時的にって、具体的には?」
「定住審査に通ればずっとですし、審査を受けない場合も犯罪等を起こさなければ最低でも一年間は大丈夫です。治療が必要な場合はもっと延ばせます」
「一年」
 それだけあれば、もう少しまともに動けるようにはなるだろう。
「では、トレンズへの渡航を希望します」

「何処かへ行くのかい?」
 諸々の手続きの後、近くの工事現場の金属音を背景に波止場でただぼんやりと海を見ていたら、突然誰かに話しかけられた。
「…王様」
 振り返れば、お腹がポッコリと突き出した、茶色いニコニコ顔の男性。ティムの父親、この国の元国王ラザルス・ウィリアムズだった。
「久し振りだねえ。元気にしてるかい?」
「この手見てそう思います?」
 ヴィクトーは左手を示す。ラザルスは笑みを崩さない。
「大荷物背負って海外旅行をしようって分には元気なんだろう?」
「ええ。ついこの前はティムに会って来ましたよ。これはその帰り道で」
「そうか。あいつはまだ人に迷惑をかけるのか…」
 ラザルスはヴィクトーの隣に並ぶ。ヴィクトーは気詰まりで仕方無かった。
「…何か隠しているね?」
 もう彼にかけられた呪いはフェリックスに解いてもらった筈なのに、勘が良いのかラザルスの言葉にヴィクトーは内心冷や汗を流す。
「…貴方に恩はありますけど、何でも全て腹割って話さないといけない程の義理はありませんね」
「ほう、いつもと違って演技に余裕が無いね。こりゃ本気でヤバい事に手を出したかな?」
 流石は国のトップに立っていた人物である。冷静にヴィクトーの言動から鋭い指摘を繰り出してきたが、彼は軽く挨拶するとそのまま立ち去ろうとした。
「…俺の事ほっといて良いんですか?」
 意外な事にヴィクトーの方から尋ねてしまう。国王は立ち止まると声を上げて笑った。
「今の所、君の悪事を告発する理由が無いからね。具体的に何をしたかまでは流石の私でも判らないし。それに、工事の様子を見に行かないと」
「工事? ああ、あれ、新しい宮殿か何か?」
 ヴィクトーは工事用の防音シートに隠された、かなり大きめの建物を見上げる。
「まさか。私は今は印税で暮らしてるただの中年オヤジだよ。あれは学校を作ってるんだ。新しく魔法学校と研究所を作ろうと思ってね。夜間コースも作るつもりだから、興味があれば君もおいで」
 そう言って今度こそラザルスは去った。残されたヴィクトーは、狐に摘ままれた様な顔で呟く。
「魔法の…研究所か…」
 その時汽笛が鳴った。一際大きな船が、ウィリアムズの港目指して進んで来る。夕日に染められた船の旗を見て、ヴィクトーは荷物を背負い直すと自分も小さな波止場を後にした。

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