第2章:それしか策が無いのなら

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 その日の夕食では、カールの命でジャクリーンは色々な男達と話をさせられた。機嫌が良さそうなのはカールだけで、その他は双方嫌々話しているのが顔に出ていた。
 ジャクリーンは小一時間程でうんざりして、カールが酒の追加を取りに行った隙にその輪を抜け出した。隅の方で、皆が捨ててしまうような食べ難い所の肉を一人削ぎ取る様に食べていたネスターに声を掛ける。
「ちょっと来てよ」
 ネスターは[][]しを置くと、言われるがままジャクリーンについて森の奥へ。宴の喧騒が遠ざかっていく。ネスターがぼんやりとしていると、前を歩くジャクリーンが彼の目を覚ました。
「解ってるだろ?」
「…何が?」
 立ち止まったジャクリーンが顔を赤くして振り向く。
「何がって…あんた私の事好きなんだろ?」
 全くそんなつもりが無かったネスターは返答に困る。
「私が何したって殴り返してこないしさ…」
 ネスターは彼女の様子で全てを悟った。それ以上言葉を連ねられない様に、素早くきっぱりと言い放つ。
「結婚は俺はしない。他の男としろよ」
 ネスターが踵を返すと、強引に振り向かされキスをされた。そのまま腕を引っ張られて皆の元に連れて行かれる。
「私ネスターと結婚する!」
 そう宣言するジャクリーンの隣で、ネスターはいつにも増して冷ややかな目で「そうじゃない」と語っていた。
 ジャクリーンはただ、遊び道具としてネスターを気に入っているだけだ。本当はお互いに恋心なんて抱いていない。
 結局その時はカールが反対し、ジャクリーンのお相手探しはお流れになった。しかし後日、テッド達のグループと別れた後、ネスターは金貨整理を手伝えとの名目でカールに呼び出された。
「ワシも迷ったが」
 大量の金貨袋を自身の馬車の金庫から取り出しながらカールが切り出した。現金を整理する時はいつも人払いがされており、管理責任者である頭領と、頭領が指名した手伝い以外は馬車には近寄れない決まりだ。つまり、この会話を聴く者は他に誰も居ない。
「ジャクリーンも熱心な様だし、貰わんか?」
 疑問形ではあるがその口調は有無を言わさない雰囲気だ。ネスターは返事はせず、いつもの確認だけをする。
「伯父さんが分けて、俺が一万ずつ数えて積めば良いですか?」
「あ、ああ。札はとりあえず脇へ除けておけ」
 数分、互いに無言で作業する。しかし、またカールが沈黙を破った。
「お前は確かに細っこいし、中身も男らしいっちゃあとても言えねえが、頭は良いし、スリやライフルの腕は確かだしな」
 まあワシの甥だしな、と付け加える。
「お前だってこの機会を逃すと次にまともな女に行き当たるのはいつになるか分からんぞ? 断る理由はあるまい?」
 ネスターは結婚したくない理由を言おうかどうか逡巡して口を開いたが、直ぐに口を閉じた。一秒後、さっき考えていた言葉とは違う事を口にする。
「後悔しませんか? 伯父さん」
「本人がお前が良いと言っとるしな」
 あまり深く考えずにカールは答える。ネスターは作業する手を止めずに言った。
「なら…解りました…」

 ネスターと結婚したジャクリーンはネスター兄弟の馬車に生活の場所を移した。マーカスはこれまで通り奥の小部屋で寝起きするが、マーカスとジャクリーンの仲は悪くない。元々大きな馬車なので特に問題は無かった。
 ジャクリーンや他の仲間がネスターに暴力を振るう事もなくなり、間も無くして子供も授かった。
「名前はどうするんだい?」
「そうだな…」
 満面の笑みで女衆が取り上げた息子を受け取り、ネスターは暫し考える。マーカスはその顔を見て、初めて見るのではないかと思うくらい嬉しそうな兄に驚いた程である。望んだ結婚ではなかったが、子供に罪は無いし、可愛いと感じられてネスターはホッとしていた。
「俺と韻を踏んでみるか…ヴィクトーなんてどうだ?」
「良いんじゃないかい。ミドルネームはどうする?」
「ラルフかレナードか…マーカス」
 馬車の隅の方で、赤ん坊を一目見ようと集まる大人達に混じってせせこましい思いをしていたマーカスは、突然呼ばれて驚いた。
「何だよ?」
「マーカスが選べよ。どっちが良い?」
 大人達が脇へ避け、マーカスが赤子の近くに寄れるようにしてくれた。ネスターは息子の顔をマーカスに見せながら笑う。
「懐かしい。お前も昔こんなだった」
「じゃ、レナードにしようぜ。俺とお揃い」
 ジャクリーンの承諾を得たので、ネスターは息子を抱いたまま立ち上がって宣言した。
「この子の名前を『ヴィクトー・レナード・ラザフォード』とする」

「ネスター」
 ある日の午後、カール伯父が馬車を訪ねて来た。盗賊の活動時間は主に夜で、この時間は見張り以外は殆ど自分の馬車で眠っている。物音で起こされたマーカスは、隣の部屋の会話に耳をそばだてた。
「そろそろ銃弾が底を突きそうだが、闇商人の行程が遅れとるらしい。このままだと二、三日銃無しでやり過ごさんといかん」
 襲撃だけでなく、狩猟や自衛等にも拳銃やライフルは必要だ。銃弾の枯渇は一派に迫る大きな危機を表していた。
「…何か策が?」
 そんな話をわざわざこんな時間にネスターにしに来るのは、ネスターが狩猟で弾を使うからというのが唯一の理由ではないだろう。
「策と言う程ではない。今夜、この近くを通ってウィリアムズへ向かう規模の大きい行商があるらしい。それを狙おうと思うが…」
「ああ、プロの護衛を付けているような…」
 少し間があった。カールが頷いたのだろう。
「弾も節約したいし、たまにはお前も手伝え」
「…どうして俺を駆り出すんです?」
 人手が不足しているとは思えない。それに、ネスターはずっと狩猟ばかりしていて、実戦には慣れていない。彼一人手伝ったところで何になるのか。
 マーカスには伯父がこんな時間にこっそり訪ねてくる理由も解らなかったが、ネスターには聞かずとも理由が見えていた。
「「…囮になれ」」
 二人の声が重なって聞こえた。
 カール達は実戦慣れしておらず、また今後も積極的に盗みに協力しないであろうネスターを囮として襲い掛かる作戦を立てたのだった。万が一、最初にネスターがやられてしまっても普段闘っているメンバーはそのまま闘い続ける事が出来るし、狩猟は誰だってやろうと思えば出来るので一番一族の役に立っていないネスターを囮とするのは理に適っていた。
 勿論、被害を出さない様に戦うつもりでいるのは当たり前だが、これをジャクリーンに聞かれたら反対されるに決まっている。彼女が怒ると誰も手が付けられないが、そうこうしている間にも銃弾はどんどん減っていくだろう。
 ここで話し声に起こされたのかヴィクトーがぐずりだす。
「うーん、五月蝿いねえ静かにしな」
 ジャクリーンが寝惚けた様に言って、パチンと何かを叩く音がした。途端にヴィクトーの泣き声が大きくなり、マーカスは叩かれたのがヴィクトーだと判った。
「あー泣くな泣くな」
 息子をあやすネスターにカールが返答を迫った。
「…来てくれるな?」
 一拍置いてネスターが答える。
「それしか策が無いのなら」

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