第1章:ただ、僕は。

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  • 1433字

[はやて]! あんた何時[いつ]までパソコンやってるの!?」
(煩いババアのお出ましだ…)
 颯はノックも無しに部屋のドアを開け、深夜だと言うのに怒鳴り付ける母親を睨んだ。
「受験が終わったからってねえ、最近あんただらけすぎよ。高校から春休みの宿題出てるでしょ、ちゃんとやってるの?」
「やってるよ」
 言いながら颯は立ち上げていたゲームクライアントのチャット欄に打ち込んだ。

11Gale11:お袋が来てゲームやめろって。悪いけどまた明日ね

 エンターキーを押すと自分のアバターの上に吹き出しが現れる。直ぐに自分のキャラの隣に居るアバターから返答があった。

11Maple11:了解。じゃあ私も寝ようかな。おやすみー

「本当に?」
 母親がつかつかと近付いて来てパソコンの画面を覗こうとしたので、颯は急いでクライアントを閉じてネットサーフィンをしていた振りをした。夜更かししてゲームをやっていると知られたら特大の雷が落ちて来る。母親は何故かゲームを毛嫌いしているのだ。
「マジ」
 母親は腰に手を当てて溜息を吐く。怪しんでいる事は見れば判るが、証拠が無いので何も言えないのだ。
「とにかく、もっと早く寝なさい。体に悪いわ」
「はーい」
 パソコンを閉じながら、颯は部屋を出ていく母親の背中を見送った。
(ま、一人息子がこんなじゃ、ママも気苦労が嵩むか…)
 颯の家は母子家庭だった。父親とは颯が幼い頃に離婚した為、颯は彼の記憶等持たない。だが、母親が時々零す愚痴から、ろくでもない男だった様だ。
 颯にはそうなって欲しくない。そんな願いから、母親は颯を人一倍厳しく育てた。幸い、母親の仕事が順調で、教育資本には事欠かなかった。颯も母親の気持ちは知っていたから、それなりに期待に応えようとしてきたつもりだ。
 だが、どれだけ努力しても彼女と歩み寄れない事に、そろそろ気付いていた。
「九十点? 十点分、何を間違えたのよ?」
「模試、B判定だったんですって? そんなんで受かると思ってるの?」
「休みだからってダラダラしない! 十時から塾でしょ!?」
(ママはいつも、俺が何したって怒ってばっかりだ)
 九十点のテストはクラスで一番の点数だった。B判定でも母親が望んだ進学先に合格した。朝起きられないのは、夜遅くまで塾で勉強していたからだ。
(いっその事、ゲームの世界で暮らせたらなあ…)

 颯がハッと気付くと、いつもの様に自分のベッドの上で、部屋の天井を見上げていた。
 起き出してリビングダイニングに行くと、母親からの書き置きと、作り置きの朝食、お金が少し。

今日は遅くなります。夕飯は出前でも取って下さい。塾に行く時は戸締まりしっかりね。

(塾か…忘れてた…)
 時計を見れば、今からでは春期講習に間に合わない。
(宿題もやってないし…)
 朝食を食べていたら塾から電話がかかってきた。
「高橋君どうしたの? 今日から講習って忘れてた?」
「朝起きたらだるくて…ちょっとお腹も痛いので、休みます…」
 勿論仮病だ。
「そうか。じぁあお大事に」
 上手く講師を騙すと、颯は着替えてパソコンの前に腰を落ち着けた。起動するのはゲームクライアント。
(今日も居るかな…)
 自分の分身である魔術師[ウィザード]のアバターが仮想世界を走り回る。頭の上には「11Gale11」というキャラ名がくっついていた。自分の本名と、誕生日の十一月十一日から付けたハンドルネームだ。
(いた)
 適当に狩りをしながらフレンドのログイン状態を確認する。彼女がオンラインである事を確認すると、颯は小声機能を使って話しかけた。

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