第7章:とてもお怒りのジータちゃん

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「はーっ、はーっ」
「落ち着いたか?」
「落ち着いた」
 呼吸は荒ぶっているが、バレンティンに組み敷かれたベアトリクスはそう答えた。剣を振り回すだけあって力が強くて、結局駆けつけたバレンティンが盾になってポケットの中身を取り出した次第だ。
「ご、ごめんなバレンティン。私めちゃくちゃ引っ掻いただろ」
「いや、至福の時だった……」
「セクハラをやめなさい」
 ジャスティンが嬉しそうなバレンティンを引き剥がす。俺はベアトリクスに手を差し出し、支えて椅子に座らせた。
「で? それ一体何なんだ?」
 ロゼッタが摘んでいる茶色い物を見る。
「根っこね」
「そんなのポケットに入れた覚えないぞ」
「何かの拍子に入っちゃったのかもね。崖から落ちたんでしょう?」
 ベアトリクスは思い当たった様な表情になる。
「そう言えば……」
「話せる事だけで良い。お前は何を見てたんだ?」
「最初は死んだ姉さん達を……。でも、気付いたら……」
 言葉を濁す。俺はそれ以上は大丈夫だと態度で示して、ロゼッタを振り返った。
「俺達もそれには触らねえ方が良いよな?」
「そうね。エネルギーに変換して取り込んじゃうわね」
 言ってロゼッタはそれを処分する。
「とにかく、正気に戻って良かったわ」
「良くない!」
 ベアトリクスがでかい声を出すので、その場の全員が少し飛び上がった。
「全然良くない! バレンティン!」
「ん?」
「私を背負って山に登ってくれ!」
「おいおいやめとけって。星晶獣の事はジータ達に任せ――」
「いいや、自分で一発、元凶をぶん殴らないと気が済まない」
 ベアトリクスはバレンティンを前にしゃがませ、その背中に移ろうとしていた。やれやれ、きかん坊のお姫様だぜ。
「理想の相手が違うっての!!」

『私の枝は過去を』
 星晶獣が語り出した。
『葉は現在を、根は未来を見せる』
「未来を見せるって、予知って事?」
 団長さんの問いは否定された。
『見詰め直させるだけだ。理想の未来を見出すまで。それが見えるまでは、私の力は強く働き続ける』
「だから閉じ込められちゃったのかな?」
 僕達は「理想の未来」を見る段階まで進めていなかったから。
『そうだ。私は、問題に対して最善の結果を得る為に生み出された星晶獣。全ての答えは必ず、既に人々の中にある。それを見付けさせるのが、私の役目』
 ふうん。カウンセリングや占いみたいなものか。
「戦術に迷った時なんかに使われていたのだろうな?」
 アオイドスの確信めいた問いには、肯定が返ってくる。
『戦争が終わり、この島と契約し、静かに眠っていた……。しかし、私の力は戦場でも使えるよう、私の体の一部があれば発動する様になっている。私が眠っている間に、どの様な使われ方をしたかはわからないが……』
「いいや。なんとなくわかってきたねえ」
 僕は推測を披露する。
「『理想の未来』とやらがまだ見えてない人に、君の根っこは持ち出せないなら、もしかすると枝葉もそうかな?」
『その通り。問題解決の要は、適切な目標設定。己がどうなりたいかの定義が最優先。それが出来ぬ者には何も持ち出させぬ』
「ちょっと待て」
 口を挟んだのはフェリちゃんだ。
「さっきと矛盾してないか? 『理想の未来』が見えるまで此処から動けないのに、それが見えてからまた過去や今を見るのか?」
「戦争において『理想の未来』ってのは、自軍の勝利って決まっているからね」
 僕は宝珠を指先で弄びながら語る。
「本来の使用順は根、枝、葉で合っているんだろう。そもそも、僕達みたいに相談事が特に無い状態で使ってしまうのは想定してないんだろうし。この星晶獣が見せたいのは、未来そのものじゃなくそこへ向かう為のアプローチの方法でしょ?」
『その通り』
「葉は現在を見つめ直させると言ったか」
 ユーステス君が確認する。
「この近辺で戦争や紛争は、もう何十年も起こっていない。持ち出した人物は恐らく、個人的な目標を得て、更にその後も現在の状況を……感情を増幅する効果を欲した」
 具体的な効果は、団長さん達も居るし言葉を濁した。しかし、感情の増幅と言い換えれば、なるほど。
 人の悩みなんて、十人十色に見えてその実、数種類に分類されてしまうものだ。健康、お金、家族や恋人を含む対人関係、そして自己実現……。僕達の仲間には、他者との関係に一番悩んでいる人が多かっただけで。
「モチベーションの維持とかに丁度良いものが見えてたのかもしれないねえ、その人には。ね? アオイドス」
「話を振るな」
 ちょっと苛ついた声が返ってくる。
 ユーステス君が続けた。
「もう一つの目的もあったのだろう。あの札、触れている物の劣化を止める作用があったようだ。時間を止めていると言う方が良いか?」
『左様。私の葉は今この瞬間に留めるもの』
 あの短剣は、札を仕込んだ時の状態に保たれていたから汚れなかったのか。
「って事は、煎じて飲んだら不老不死になれたりして?」
「そうすると、今抱えている問題を永遠に直視し続ける事になるんじゃないか?」
「ああ、それは嫌かも」
 スツルム殿の指摘に、想像するだけでげんなりしたが、星晶獣は否定する。
『不可能だ。私の力は世の摂理を捻じ曲げる程のものではない。物の姿形が変わらなくても、それは見せかけだけの事』
「そう言えば、分解した後の短剣はどうした? アオイドスが部屋に持って帰っただろう」
 ユーステスの問いに、アオイドスは静かに答える。
「金庫にある。錆びついてね」
「……そういう重要な情報は共有しろ」
 スツルム殿の呆れた声に、団長さんが重ねる。
「本当にそう!」
 驚いて皆が彼女を振り向く。星晶獣も語るのを中断した。
「アオイドスだけじゃない! ユーステスも、ドランクも!」
「ええっ」
「聞いてたら何? 絶対私に教えないで考えたり話したりしてた事があるでしょ!」
「お、落ち着いてジータ……」
「らしくないぞ」
 両脇からルリアちゃんとフェリちゃんが団長さんを宥める。僕達は気まずい顔を見合わせた。
「すまない。相手によっては言い辛い事があったんだ」
 ユーステス君が謝るが、団長さんの怒りが治まった様には見えない。まあ、あの短剣を持った後の気持ちは、知らなきゃ理解できないよね。
 そしてそれにも個人差がある。ユーステス君達は憎しみや不満を増幅させた。僕は何も感じなかったから、将来の当ては無いけど、現状には本当に満足しているのかもしれない。そしてアオイドスは……。
 彼を振り返ると、バツが悪そうに唇を噛んで、真っ直ぐな髪の毛をくしゃっと掴んだ。
 アオイドスはあの札を、好んで、と言って良いほど触っていた。彼の言葉を信じるなら、現状に不満はあれど、それを直視する事は苦痛どころか志気を高める効果があったのだろう。あの短剣に札を仕込んだ人物も、アオイドスと同じタイプだったのかもしれない。
 でも、星晶獣はアオイドスの過去の見方に干渉しようとして――
「だからって、もっと何か言ってくれても……。みんな私の事子供だと思って……」
 僕の思考を途切れさせた団長さんの声に、星晶獣が動きを見せる。団長さんの悩みに反応して、本来の力を出そうとしているんだ。
『汝の望みは何だ?』
「黙れ。お前の語る『理想』はつまらん」
 低い声と共に、風を切る音。星晶獣が団長さんに伸ばそうとしていた枝葉が、僕の前に落ちた。
 アオイドスが、今しがた星晶獣を分断した剣を、天に向かって伸ばしている。
「俺の歌を否定した時に確信した。お前は押し付けがましい。道端の安占い師でも、もっと耳障りの良い未来を語るなぁ?」
『何を……汝の望みは……』
「ガタガタうるさい。俺は」
 アオイドスが再度レイピアを振りかぶる。
「他人に俺を定義されるのが、一番腹が立つ」


『創呪擦罪 骨肉相噛』がアマプラで聴ける事ご存知でした?
私は知りませんでした。