第6章:もう何も隠さなくて良い

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  • 2712字

「このお店美味しいのよ」
 城から徒歩で三分、着いたのはなんとも庶民的な大衆食堂だった。
「客が来た時くらいそれなりの所で食べようという気は無いのか?」
「何言ってるの。私はこの国で一番美味しい料理を出すのはこのお店だと思ってるわ。最高のおもてなしでしょ?」
 再びスカーフを頭に巻いたティムがやれやれと肩を竦めながら暖簾をくぐる。美味しいというのは本当の様で、もう昼過ぎだというのに店内はそこそこ混んでいた。
「分かれて座りましょ」
 女王が来たと見て席を譲ろうとした客達の厚意を丁重に断ると、ドロシーはそう提案した。フェリックスとブルーナとティム、ヴィクトーとルークリシャとドロシーの三人ずつに分かれて席に着く。
 フェリックス達はおすすめのメニューを店主に尋ねてそれを注文すると、他愛も無い話をし始めた。
「そういや、他には呼んでないの?」
「アレックスには手紙を出したが仕事と遠方を理由に断られた」
「まあ、仕方無いね」
 アレックスは今はアンボワーズで格闘家をしている。
「子供達は元気か? 連れて来るかと思っていたが」
「今日は実家に預けてる」
「もう中学生よ。手がかからなくなってきて助かるわ」
 しかしフェリックスは溜息を吐いた。
「でも本当に落ち着きが無くて…一体誰に似たのやら」
(本当は俺の子じゃなかったりして)
 ブルーナも自分もアルビノだが、子供達にはそれが遺伝しなかった。勿論、ダニエル一家の例もあるし、子供達はちゃんとフェリックスの面影も受け継いでいる。だが、それですら慰め程度にはなるが決定的な証拠ではない。ブルーナはフェリックスと瓜二つのアレックスと付き合っていた事もあるし、自分が不在だった間に何があったっておかしくない。
 と、ここまで考えてフェリックスはやめた。疑った所でどうにもならない。夫婦で仲良く居る為に必要なのは懐疑心ではなく適度な不干渉だ。
「ティムは作らないのか? 子供」
「まあ、お互いどうしても欲しい訳ではないからな」
 と、此処で頼んだ料理が次々と運ばれて来た。
「うわー、どれも美味しそう!」
 写真付きのメニューをパラパラと捲りながら、ルークリシャがまた感嘆の声を上げた。食糧の大半を輸入に頼るウィリアムズとは違い、自国で様々な作物が育つコリンズの料理の方が、種類も多く見栄えも良い。
「どれでも好きなの頼んで」
「奢ってくれんの?」
 ヴィクトーの問いにドロシーは少し拗ねた顔になる。
「私が払うって言っても、いつも隠れてついて来るボディーガードが全部払っちゃってるのよ。今日もどうせそうだわ」
「なるほど」
 ルークリシャに頼み過ぎないよう諭しつつ、ヴィクトーも適当に注文する。
「意外。随分少食なのね」
「ちょいと怪我で胃を半分に縮小してな」
 ルークリシャはヴィクトーの隣から、まるで友達のような口調で話す二人を交互に見詰める。会話にどう入っていけば良いのか解らなかった。招待されていない場所に赴いても、居場所が見付けられないだけだという事を、彼女は今、身を以て学んだ。
「最近の話?」
「いや、ティムの計画の時だよ」
「計画?」
 ルークリシャは思わず声に出していた。あの白い縮れ毛の男性、コリンズ女王の夫が、元ウィリアムズ国の王子だという事は社会の時間に習って知っている。どうしてヴィクトーはそんな人や、ましてやコリンズ女王本人と知り合いなのだろう。
 ヴィクトーはルークリシャを少し見たが、構わずドロシーとの会話に戻る。
「ティムから聞いてないのか?」
「ま、あんな人だし。私も自分や国の事で手一杯だったし」
 ドロシーは出された水を一口飲んで続ける。
「それより、中佐ですって? 出世してるじゃない」
「勤務態度が良いからな。っていうか、管理官の階級は大佐で打ち止めだから、早く出世して稼いどかねえと」
「配置替えとかは?」
「銃の所持免許ねーから無理」
 暫く二人が小難しい話をしていると、料理が来た。手持ち無沙汰だったルークリシャは、待ってましたと言わんばかりにフォークを手に取る。耳は二人の会話に傾けたままだ。
(お兄ちゃんがどういう人生を送ってきたのか、知りたい)
 兄や父や他の周りの人間が自分に隠してきた真実、その全てを。世に[はばか]る大盗賊ラザフォード一族の生まれでありながら、何故、兄は父の養子になったのかを。
 互いの仕事や生活の話題(国王に軍人となれば防衛の話ばかりになった)を続けていたドロシーが、一区切り着いた所でこう言った。
「なんだか、貴方にはそんな堅実な人生を送っていて欲しくなかった」
「お前は『エキサイティングな人生』とやらに夢を持ちすぎだ」
 にしても旨いな、と店の料理をヴィクトーは褒める。ルークリシャも、これならヴィクトーの料理と肩を並べるのではないかと思った。料理人より腕が良いという認識がデフォルトのヴィクトーって一体。
「でも国外追放にまでなる盗賊さんが、『老後の心配』だの『安全運転』だの言うなんて」
 ヴィクトーは笑う。
「もしもの話は嫌いだが、コリンズに生まれてれば良かったかもな。お前も姫なんかじゃなくて普通の子供でさ。俺達仲良くなれそうじゃないか」
「そうね」
 一皿食べ終えたドロシーが一旦食器を置いた。
「でも、もしそうだったらお互いこういう性格には育たなかったかもね。貴方とも気が合わなかったかもしれないわ」
「かもな」
 此処で漸くヴィクトーがルークリシャに話しかけた。やはり少し頼み過ぎて、食べるペースが落ちてきている彼女を見かね、彼は少し自分の皿に取り分けた。この分は予め見越して自分の料理は少なめに頼んである。
 そこで会話が完全に途切れてしまい、誰も次の言葉を発さなかった。ドロシーが何か言おうとして、躊躇っている様子が二人には判ったからだった。
(何を言おうとしているの?)
「ウィリアムズの駄菓子が食べたい」
「今めちゃくちゃ美味しい食堂で食べてる最中に何言ってんの」
「今度来る時は土産に買って来てくれ」
 ルークリシャは後方で相変わらずどうでも良い話をしている王婿と夫婦の会話を聞きながら、その言葉を待った。
「言えよ」
 数分後、何か言う事も再びフォークを取る事も無かったドロシーに、ヴィクトーが厳しい顔で言った。
「こっちだって覚悟の上で来てる」
「でも」
 ドロシーはルークリシャを見た。
「妹さんの前だわ。この子、計画の事、知らないんでしょう? どこまで知ってるの?」
「何も知らねえよ。けど、教える為に来たんだ。もう何も隠さなくて良い」
 そう言われてドロシーは膝の上に置いていた手を握り締めた。
「じゃあ、言うわ。パーティーの後にしようかと思ったんだけど、私だけ楽しく笑っているのが辛くなってきたから…」

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