第14章:アポロ

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  • 15162字


 そこに居たのは僕だったんだ。
「貴様等を、私の側近として雇いたい」
 目の前に置かれた報酬の額に、また人殺しでも頼まれるのかと思った。でも、そうじゃなかった。
 彼女の言葉から漂う深い孤独の匂い。それはかつての僕が滲ませていたものと同じだった。
「この仕事、引き受けた。長くなりそうだけど、良いよね? スツルム殿」
 傍から見たらこんなに惨めに見えるのか。その姿が痛ましくて、僕は彼女の仕事を請けることにした。

「入れ」
 ノックには即答が帰って来た。どうやら足音で誰が来たのか察せるらしい。エルーンでもないのに器用だなあ。
 ……それくらい、常に気を張って暮らしているという事か。
「報酬の支払いの件なんですけどね」
 僕達は結局、提示された報酬を全額あの場で受け取る事は避けた。信用されているらしいとはいえ、前金として戴くには流石に気が引ける、というより扱いに困る額だったからだ。最初に受け取る額は半分に減らしてもらい、残りは僕の貸金庫に定期振り込みしてもらう事にした。とはいえ、半分に減らしてもまだ、数年タダ働きしたって良いくらいの額なんだけども。
 貸金庫同士で金品を直接やり取りする為の契約書類を、僕は差し出す。
「スツルム殿には、いつも僕から半額手渡ししてるんで。一つサインをお願いできれば」
「あの女、用心深そうだが、貴様の事は信用しているのだな」
「まあ、雇用契約書は二人で確認してますし? 僕だって黙ってスツルム殿の取り分減らしたりはしませんよ」
 彼女は鼻を鳴らして書類を受け取る。そこにあった僕の名前を見て、怪訝そうな顔をした。僕の筆跡と顔とを見比べる。
「――とは、あの――家か?」
 僕の貸金庫は本名名義だから、当然、差し出した書類にはスツルム殿も知らない僕の名前が書いてある。傭兵を側近として雇わなくてはならないほど困窮しているエルステ帝国のお偉いさんが、無暗に僕の個人情報をべらべら言い触らしたりはしないだろう。
「ええ、まあ……」
「こんな名家の出自で、何故傭兵など」
「人生色々ありましてね。あ、スツルム殿にはご内密に」
 彼女は必要事項を記入して、最後にサインをする。受け取った書類の、その名前を見た。アポロニア・ヴァール。
「へぇ……そのお美しい姿に相応しい、素敵な名前だ」
 思わず漏らした言葉に、食い付かれる。
「貴様の名前は顔に似合わないがな」
「何それ酷い! 僕だって昔は――」
「『ドランク』の方が余程似合っている」
 そう言われたのが意外で、でも嬉しくて僕は笑顔になった。
「でしょう? 気に入ってるんですよ。そうだ! 雇い主様も、何かあだ名を考えませんか? アポロちゃんとか?」
「気安く呼ぶな。下がれ」
 少し気を許してくれた気がして調子に乗ったら、追い出されてしまった。
 仕事に余計な感情は抱かない方が良い。それは理解している。でも、彼女を見ていると……。
 僕は首を振る。仕事に戻ろう。スツルム殿が、アポロが連れている不思議な子供の相手をしている筈だ。彼女を拾って、頼まれた調査に向かわないと。


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