エクシア

  • PG12
  • 5918字

「背後は海だ! 気を付けろ!」
「ああ。……クソッ、弾は全部水のバリアに飲み込まれちまう!」
 ラカムが悪態を吐いた。ドランクは今や防波堤の先端に立っている。
「しかし困ったわね。テトラポッドがあるから迂闊に海に投げ飛ばしたりできないし。第一ルリアちゃんを抱いてるから、その後ろの結晶を狙うのはやりにくいわね」
 ファスティバが一歩防波堤に足を踏み出すと、ドランクは脅す様に腰の小刀を取ってルリアの喉に向けた。利用するからには実際に殺しはしないだろうが、お人好しの騎空団の面子を黙らせるには効果的だ。
「けど、あそこからどうやって逃げようと言うんだ? 此処で待ち伏せておけばいずれ――」
「いや」
 あたしはカタリナの言葉を遮る。
「多分、海の中を逃げるつもりだ。あいつは自分の周りだけ水を除ける魔法が使える」
 水の魔法を使うのに、濡れてる所を見たことが無いだろう? と言うと、皆納得する。
「テトラポッドに巻き込まれると危険だ。恐らく、こちらの何らかの攻撃を受けて、その反動で少し距離がある位置に落下したいんだろう」
「使えるものは全て使っていく、か。流石は百戦錬磨の傭兵だな」
 感嘆したのは炎帝パーシヴァル。以前どこかで顔と名前を耳にしたが、何処だったか。色々な国で仕事をしてきたので一々覚えていられない。
「でも、その行動パターンをちゃあんと覚えてるスツルムちゃんも凄いわ。これがコンビの愛ね!」
「『スツルムちゃん』……?」
「ねぇスツルム」
「うわっ」
 ファスティバの呼び方にもやもやしていると、耳元で色っぽい声がして飛び上がった。メーテラが悪戯っぽい笑みを浮かべている。
「ドランクって~ナニかする時、いっつもどっちの手使ってるの?」
「は?」
「アタシにちょっと考えがあるんだよね。ファスティバも手貸すでしょ?」

「……あんまり時間を無駄にしたくないね」
 僕は小刀を腰に戻す。機密の少女を抱え上げた。
「ぷはっ。ド、ドランクさん! こんな事、やめてください! それに――」
 そこに繋がる言葉に、耳を疑った。
「帝国は……エルステ帝国はもう無いんです!」
「……へえ。十年もあると色々あるもんだねえ」
 記憶を失うとは厄介だ。周囲は僕の様子が変だと言う。でも僕にとっては世界の方が狂っている様に見える。
 浜辺で大勢行ったり来たりしている騎空士達やその仲間に見覚えは無い。見ず知らずの人間の言う事を鵜呑みにするほど僕は馬鹿じゃない……同じ轍は二度と踏まない。
「ドランク君!」
 金髪のドラフの男……男で合ってるか……? とにかく騎空団の仲間の一人が防波堤の付け根から叫んだ。
「此処で睨み合っていてもしょうがないわ。覚悟を決めなさい!」
 そう言うと助走をつけて突進してくる。うまくぶつかって跳べるか? いや、あの質量を真正面から受け止めては、機密の少女の命の危険もある。駒には使える状態で居てもらわなくては。
 もうあと数歩でぶつかるという距離で、僕は已む無く少女の頭を海側にして横を向いた。両手が塞がっていて宝珠が使えないし、背中にぶつかられるよりはマシだろう。
「やーっとこっち向いたわね」
 背後、そう遠くない場所から女の声。
「そこのよくわからん黒結晶! まとめてイッちゃいな~デンス・キャレス!!」
 どこから攻撃しようとしている!? 船を出している様子は無かったのに――
「!?」
 一瞬の頭痛。そして津波の様に押し寄せる大量の記憶。
「ごめん! ルリアちゃん」
 僕は正気に戻ると、ルリアちゃんをそっと防波堤の石の上に下ろした。直前でスピードを落としていたファスティバさんが安心した様に息を吐く。
「良かった。思い出したのね」
「おかげさまで。それにしても飛翔術ですか」
 隣に下りてきたメーテラに感心する。
「僕も練習してた時期があるんですけど、ぜ~んぜん出来なくて。今度教えていただけたりしませんかねぇ?」
「うふふっ、そうねぇ。代わりに色々楽しませてくれるなら良いけどぉ……」
 つん、と艶めかしい動作で僕の胸を突いてから、浜辺に視線をやる。
「彼女さんがめっちゃ怖い顔してるからやめとく~」
「あはは」
 彼女じゃない、んだけどね……。


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