第2章:デート観戦とはいかないジータちゃん

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  • 6247字


「僕はブランシュ。君は……空色の髪だから、セレストと呼ぼうか」
 僕を用水路から掬い上げてくれた恩人はそう言って、僕の本名を訊かなかった。まるで最初から自分で付けたあだ名で呼ぼうと決めていたかのように。
「ロイ! 悪いけどセレストが食べ終わった食器片付けてくれる?」
 そこには僕の他にも子供が居た。ロイ、と呼ばれて現れたのは、十歳くらいの赤毛のドラフの少女だった。セレストもブランシュも女性に付けられる事が多い名前だし、倒錯している。
 他には、黒髪のハーヴィンの少女。彼女はナイジェルと呼ばれていて、自称十二歳だった。そしてもう一人、黄みがかった緑色の髪の、僕より三つか四つ年下に見えるヒューマンの少年が居た。
「……何してるの?」
「見て解らないか? 腕を切っている」
 ジェイドと呼ばれていた彼には、自傷癖があった。
「……そういうのやめなよ」
「何故?」
 碧い瞳が問うてくる。それに僕は答えられなかった。
 ロイとナイジェルは歳も近く、仲も良かった。恐らくは僕と同じく、ブランシュに拾われた孤児なのだろう。全員色の意味を持つ名前を持っているのも偶然ではなく、全てブランシュが付けた名前と思われた。
 一方ジェイドは饒舌な訳でも、寡黙な訳でもなく、話しかければ理路整然とした返答がある。頭の良い子供という印象だった。ただ、一人になるといつも決まって自分を痛めつけていた。
 僕達は暫くの間、ブランシュの元で平穏に暮らしていた。ブランシュが何の仕事をしているのかは知らなかったが、子供四人を飢えさせず清潔な環境で育てるだけの稼ぎはあったらしい。
 仕事が無い日は勉強や剣術を教えてくれたりした。魔法は教えてくれなかったが、僕はよく彼の不在中に書斎に忍び込んで、そこに置かれている魔法書をこっそり読んでいた。
 しかしその日々の終わりは、一歩一歩確実に近付いて来ていた。
 いや、違うか。僕達は終わる為にその日々を始めさせられたのだ。
「ロイー。……どこに行ったんだろ」
 僕はその日、ロイを探していた。一番年少の彼女は、僕にもよく懐いてくれて、可愛かった。
 ベアトリクスが無事だったら、このくらい大きくなっていたのだろうか。ベアちゃんの方が年下だけど、この子はドラフだからきっとベアちゃんの方が大きくなってるな。僕もそんな事を思いながら接していた。
「ブランシュ」
 どうしても見つけられず、僕は彼の部屋の戸を叩く。
「ロイを知らない? ……そういえば、ナイジェルも今日は見てないかも」
「知らないなあ」
 彼は文机に向かったまま、此方を見ずに答えた。
「二人で買い物にでも出かけたんじゃない?」
「そうかも」
 僕はその答えに納得して、戸を閉めた。リビングに戻ると、ジェイドがまた肌に傷を増やしながら呟く。
「良いなあ……。俺も早く……」
「わああああああああ!!!!」
 彼が何と言ったのか、それは途中で家に駆け込んできたナイジェルの叫びに掻き消されて聴こえなかった。
「ナイジェル!? どうしたの? 大怪我してる!」
 慌てて駆け寄って傷の具合を確かめる。彼女は錯乱状態で、まともに会話が出来なかった。
「ん……?」
 彼女の怪我は大した事が無かった。勿論、それなりの出血はあるのだが、大怪我と呼ぶ程の傷は無い。
 じゃあ一体、この服の半分を赤く染めようとしている血は誰の……?
「これは大変だ」
 気付けばブランシュが部屋から出て来ていて、僕からナイジェルを取り上げてしまった。
「こっちにおいで。すぐ治してあげるからね」
「いやあああああああ! おに、おに、おにい……」
「はいはい、そんなのは居ないよ」
 言って扉の奥へと消える。僕の目には、ブランシュの肩越しに此方を見ている怯えた表情だけが焼き付いた。
 そしてそれが、ナイジェルを見た最後となってしまった。ロイも、二度と帰って来なかった。
 おにいちゃん。彼女はそう言って、僕に助けを求めていたのだ。それに気付いた時には、もう何もかもが手遅れだった。


『創呪擦罪 骨肉相噛』がアマプラで聴ける事ご存知でした?
私は知りませんでした。