一人の夜は長し、二人の道も長し

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  • 8706字


 風邪を引いた。
「……参ったなあ、ゲホッゲホッ」
 僕はお婆ちゃんに似て、病気に強い方ではない。鍛えたり、手洗いうがいをこまめにしたり、少しでも変だと思ったら早めに休んだり。予防していても、かかってしまう時はかかってしまう。
 困るのは、仕事の連絡だ。家族は居ない、ギルドに所属もしていない僕は、こんな時でも自力で雇い主に事情を説明しなければならない。
 以前は、その時滞在している宿のスタッフにチップを渡して、手紙を出してもらっていた。しかし今はそうもいかない。僕はバルツを拠点とするようになって、安い長屋の一室を借り始めたからだ。
 それもこれも、彼女と仕事をする為だ。
 ……なのに、約束を、それも仕事をすっぽかしたら、スツルム殿怒るだろうなあ。
 一言状況を伝える為に、待ち合わせ場所まで行く事を画策したが、どうにも咳が酷くて断念した。前の国で買い溜めしてあった薬がなくなったので、今回はバルツで買ったのを飲んでみたが、相性が悪いのか、咳もそれ程ましにならない上に、音が変に低く聴こえて気分が悪い。
 最悪嫌われるかもしれないけど、仕方ないか。嫌われたら嫌われたで、僕はまた元の生活に戻るだけだ。
 でもきっと、スツルム殿の事だから、後でちゃんと事情を聴いてくれるはず……と言い聞かせながら、僕は再度布団を被った。

「あら、今日はあんた一人?」
 酒場の女主人があたしに言った。
「ドランクの奴、仕事に来なかった」
「あらまあ」
 イライラしながら麦酒を頼む。まさか仕事をすっぽかす奴だなんて思っていなかった。頼まれてた事はあたし一人でもなんとかなったが、二人分働いてくたくただし、何より腹が立つ。
「そうカリカリなさんな。何かあったのかもしれないじゃないか」
 女将は言って、麦酒をカウンターに置く。
「料理はお肉?」
「ああ。頼む」
 何かあったのかも? 何だその何かって。昨日もピンピンしてたぞ、あいつ。
「事故や事件に巻き込まれたのかもしれないしさ、連絡してあげなよ」
「ふん。知るか」
 というか、連絡先など知らなかった。あいつの事は住所はおろか、本名も知らない。
 それに気付くと急に心細くなった。あたし達の関係は、そんなにも薄っぺらいものだったのだろうか。
「ま、うちに来たら伝えとくよ。スツルムが心配してたって」
「心配なんかしてない!」
 手早く食事を済ませ、店を出る。
『事件や事故に巻き込まれたのかもしれないし』
 冬の風が飛び出た耳を刺す。思わず身震いした。
 もう二度と会えなかったらどうしよう。
 昨日、何話したっけ? おかしな様子は無かった筈。
『じゃあね~また明日ー』
 へらへらと笑いながらひらひらと手を振る姿を思い出す。あたしは、何も言わずに踵を返して。
 奴と組み始めてまだ半年くらいだが、それが自分の中で当たり前になっていた事に気付かされる。このまま離れ離れになるのは、認めたくはないが寝覚めが悪い。
 あたしはマントを頭から被り、これ以上耳が冷えないようにした。
 これは、仕事の相棒の、生存確認だ。しょうもない理由ですっぽかしたんだったら、気が済むまで刺してやる。
 そう自分に言い聞かせて、なるべく最悪の事態は考えないようにしながら、あたしはドランクが気に入っている酒場へと向かった。


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