第7章:一人の男と一人の少女

  • PG12
  • 2844字

 一時間後、ヴィクトーはドロシーと共に精神病院の前に立っていた。
「ラザフォードの襲撃の時に魔法をかけられた人達が居るの」
 あの後そう言ったドロシーの話を、全て聞くまでもなかった。
「『歌』か」
 彼女が頷く。
「その人達は破壊衝動を抑えられないから、今も病院に隔離されて生活しているわ。自分がしてしまった事や、しようとしている事に絶望して自ら命を絶ってしまった人も居る。貴方なら何か対処法を知っているかもと思って」
 ヴィクトーは食べ終わるとフォークを置いた。後悔の念がその顔に滲む。
「もっと早く来れば良かったな」
 ドロシーが何か言う前に続けた。
「最初に言っておく。ラザフォードの歌を解除する方法は発明されていない」
 ドロシーがその言葉に絶望の表情を隠せなかった。
「けど、歌の…命令の内容を上書きする事は出来る」
「じゃあ」
 一転して今度は希望に満ちた声で言った。
「歌い方を…」
「駄目だ」
 ドロシーが言い終わる前に、ヴィクトーははっきりと言った。その気迫に隣のルークリシャが怯える。
「教えられない。広めたら誰がまた悪用するか解らねえ。俺が行くよ」
「…良いの?」
 ドロシーが心配した。
「皆、ラザフォードを憎んでいるわ。貴方が行ったらどんな風に言われるか…」
「解ってるよ。当然の報いってやつだ」
 自ら手を下した事は無いとは言え、十年間、誰かが誰かの恨みを買って手に入れた金銭で生活してきたのだから。
「…今じゃすっかり凶器だが、ラザフォードの歌は元々は鎮魂歌[レクイエム]なんだ。俺が行っていいのか判らないけど、墓も、参らせてもらえるならありがたい」
「勿論よ」
 ドロシーは漸く次の皿を手元に引き寄せた。
「ありがとう」
「礼は上書きが済んでからにしてくれ」
 ヴィクトーはまだ自分の分を消化しているルークリシャを見ると、またしても先手を打った。
「お前はフェリックス達と観光しとけよ」

「これなんかどう? ルークリシャちゃん」
「うーん…」
 フェリックス達四人は、観光と称してコリンズの市場をウロウロしていた。可愛らしい小物を売っている雑貨屋を見付け、あれやこれやとブルーナが話しかけているものの、ルークリシャの表情は晴れない。
「すまないな。仕事をさせる為にヴィクトーを呼んだ訳ではないのだが」
 こんな人形もあったぞ、と、普段気の利かないティムでさえ気を使う始末だ。
「コリンズは十五年前に、ヴィクトーの行方を探すラザフォード一族によって襲撃された。ドロシーはその時、他の王族や国民の大半を亡くしたし、ヴィクトーはその責任を感じているのだ」
「…はい」
 ルークリシャだって、理解はしていた。彼等の間にあるのは恋愛感情でも何でもなく、被害者としての悲しみと、責任を負う者としての苦しみの共感だったのだ。
 ルークリシャも馬鹿ではない。彼等が何故自分に秘密にしてきたか、解り始めていた。ヴィクトーの事を知れば知る程、その暗い過去に圧倒されてしまう。もしも知るのがあと数年早ければ、自分はとても耐えられなかっただろう。兄を恐れ、兄を引き取った父を疑い、自分も家族も苦しめたに違いない。
 店内を引き続き物色し、適当に土産を買うと外へ出る。
「時間があるなら、もっと景色の良い所に行きたいなあ」
「と言っても、田舎は畑ばかりだぞフェリックス。この国は平地だし見晴らしの良い場所も無い」
「でもウィリアムズよりは色んな物が育つんだろ? 農村地域も多分綺麗だ」
 コリンズは小さい。徒歩でも城壁まで小一時間もあれば着く。四人がてくてくと郊外に向かって歩いて行くと、ドロシー達が乗った車が道の向こうからやってきた。
「こんな所まで歩いて来たの?」
 ドロシーが後部座席の窓から顔を出して驚く。隣のヴィクトーが笑った。
「ウィリアムズじゃこのくらいの距離、皆毎日歩くよ。学校とか仕事場まで」
 ルークリシャは思ったよりもヴィクトーが元気そうで安心した。空元気かもしれなかったが、それを繕えるだけの心はまだあるという事だ。今度はルークリシャの土産を見て言う。
「良い物持ってるじゃねーか。あー腹減った。早く帰ってパーティーといこうぜ」

「うわー」
 城に戻ると豪勢な料理の数々がテーブルに並べられていく途中だった。
「先に着替えるぞ」
 会場の入口付近で立ち止まったルークリシャを[つつ]き、ヴィクトーは宛てがわれた部屋へと向かう。
「お兄ちゃんはあっちで着替えて」
「はあ?」
 国城には来賓用の寝室(風呂付き)が三つしかなかった。部屋の中にベッドは幾つかあるので収容人数的には問題無いが、部屋の一つはフェリックス夫妻が、もう一つは、
「アレックスに断られたので爺を呼んだ。もう直ぐ着く筈なので迎えに行ってくる」
という事で彼の王子時代のお目付け役が使うらしい。となれば、ルークリシャはヴィクトーの部屋に泊まるしかない。
「俺が客なのに何で…」
とブツブツ呟きながらも、スーツを持って風呂場の脱衣所へ。女子中学生の着替えなど見たら同意の上でも非親告罪で逮捕されてしまう。
 と、此処である事に気が付いた。
 此処はウィリアムズじゃない。コリンズの法律は知らないが、少なくともウィリアムズの法律で裁かれる事はない。ウィリアムズの法律は、国の外では無効なんだから。
(と、いう事は、だ)
 法律だけで縛られていた何もかもが意味を成さないという事だった。
 ヴィクトーはエリオットの法律上の養子だった。ウィリアムズでは法律で中学生以下と男女の関係になる事が禁じられていた。
 だが此処ではもうエリオットとは赤の他人だ。そうなればルークリシャも妹でも何でもない、ただの少女だ。互いに愛し合ったって誰にも咎められない。
 ヴィクトーとルークリシャの仲を阻むものは、ヴィクトーの心情を除けば何も無くなってしまったのだった。
(…いや、つっても明日帰るしな。流石に子供に手を出すのはコリンズでも犯罪だろうし)
 それに、まだ彼女に全てを[さら]け出してしまった訳ではない。
 ヴィクトーは無意識に、いつも胸にかけているロザリオを握り締めていた。
「もう良いよ」
 ルークリシャの呼び掛けに、我に返ってその手を離す。まだシャツを着ていない。
「お兄ちゃんがまだだルー…」
 言い終わる前に脱衣所の扉が全開になる。着飾ったルークリシャはさも嬉しそうに「キャッ」と目を覆う振りをしながら抱き着いてきた。全く、自分が逆の事をしたら問題になるのに、何故これは誰にも咎められないのかと溜息を吐いた。
「ちゃんと」
 いつもの様に彼女を引き剥がそうとしたが、ルークリシャが何か言ったのでヴィクトーは手を止めた。
「この傷の事も説明してね」
 彼女の手はヴィクトーの背中側の古傷の上にあった。
「…おう」
 ヴィクトーは安心した。ラザフォードはルークリシャの父親の仇だ。その血を引いていると知られて、逃げられたり拒まれたりするかと思っていたが、彼女はまだこうして自分を慕ってくれている。
「必ずな」
 全てを知ってもまだ彼女が許してくれるかは、別問題であったが。

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