第37章:一番茨の少ない道

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「…どういう事?」
 思わず口に出していた。
「そのままの意味よ。わたしはベリル領民の税金で私の実父から前領主様に買われたの」
「何の為に!?」
 理由の一つは自明。それは私が居なくなって出来た母の心の隙間を埋める為。
 けど、それだけなら契約が云々の前に、こうして私が帰って来て母が正気に戻ったなら、パライバや私達がどうするかは私達の問題で、私達が決められる筈。もう一つの理由の本質は何?
「…借金よ。父はギャンブル好きでね。それを隠して母と結婚したんだけど、結局首が回らなくなって、私を売ったの」
 パライバは私の方を見ようとしない。
「兄さんの居場所を作る為なんて建前なの…」
 パライバの声が震えだす。それでも、言葉を止められない。
「ママも同意の上でよ…今更帰ったって居場所が無いわ。とにかく…」
 パライバが握り締めて膝の上に置いている拳に雫が落ちる。母が立ち上がって彼女の肩を抱いた。彼女の仮の名前、私の名前を呼びかけて、思い留まる。
「とにかく…領民も皆知ってるのよ、本当の事。だからうちも私達が嘘つき呼ばわりされる事は無いわ。けど…」
 パライバは暫く嗚咽に耐えてから続けた。
「お義父様は私の事をよく考えてくださってたの。私に全てを隠す事も出来た…領民にもよ……でもそうしなかった。あなたが」
 濡れた瞳が漸くこちらを向いた。
「あなたが帰ってきた時に、私もあなたも嫌な思いをするのが最少になるように。だから!」
 パライバは私の母にしがみつきながら、私の目を真っ直ぐに見て言った。
「私が此処に居続ける事がお義父様のご意向なら、私はベリルを離れないわ!」
 その言葉が発されてから、沈黙が下りた。誰もそれを破ろうとしなかったので、私が破る。
「それも建前でしょ?」
 キツイ事を言うので、口調だけは精一杯優しくしたつもりだった。いくら何でも、泣いている年下の少女を苛めるのは趣味じゃない。
「あなたはただ、此処を離れたくないだけだわ。違う?」
 黙り込んだままというのが答えになっていた。私はふと思い出して、語り出す。
「昔、私が読んだ事のある小説にこんなシーンがあったわ」

「分かれ道だ。一番茨の少ない道を行こう」
 一人が言うと、他の仲間はそれぞれの違う道を指差しました。
「僕の選んだ道が一番楽だ」
「いいや私だ」
「違うよ、僕のだよ」
 喧嘩になる前に、最初に言った一人が言います。
「それじゃあ、此処でお別れしよう。皆それぞれ自分の納得する道を行くんだ。また会う事があれば、是非とも君達が選んだ道の話を聴かせておくれ」

「私達も、それぞれ一番茨の少ない道を行きましょう?」

 森を迂回してベリル国内を移動する事数時間。ボク達はベリル領とブルカイト領との境界に来た。
「ねえ、もしかして…」
 ボクの懸念を感じ取ったのか、尋ねる前にサージェが答える。
「今晩はブルカイト領主の所にお世話になるつもりだよ。罪人輸送の途中だから、一般の宿に泊まるとなれば向こうの馬車とは別行動になるし。ルチルが居るから突然訪問しても追い返されはしないだろう」
 一応鳩は飛ばしてあるし、と付け加える。
「ルチルのお祖父様がいらっしゃる所ね?」
 ローズが言った。
「お祖父様か…」
 父方の祖父、先代の国王は砂漠の薔薇の襲撃で実際に亡くなり、会った事はない。母方の祖父であるブルカイト領主にも、会うのは当然今回が初めてだ。ボクは身分を偽っていたし、母の死だって、父上が何処まで真相を伝えていたのかわからない。
「ブルカイト領主は、ルチル王妃は襲撃で亡くなったと聞かされているらしい」
 僕が出した手紙には真実を書いたけど、とサージェが言う。
「随分頭の固い人らしいし、覚悟しといた方が良いかもね」
 茶目っ気たっぷりにそう言うサージェの顔が、四人の中で一番引き攣っていた。
「一番茨の少ない道を行けたら良かったんだけど」

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