第39章:代わりに見えるもの

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「…大丈夫?」
 私はサージェナイト、私の従兄に声を掛けた。彼はブルカイト城の前の公園で、水が吹き上げる池の柵に寄りかかっている。
 視線の先には、池の中に立てられた大きな石の板があった。
 私が近付くと、此方を振り返らずに訊き返してくる。
「お供は?」
「こっそり来ちゃった」
「心配するから、戻った方が良いよ」
 此処に来るまでは私に対しては敬語を使っていたのに、今はそういう余裕が無いみたいだった。私は忠告を無視して、池の石の板を彼の隣から眺める。
「この、公園は、クォーツ国との、ゆう、ゆう…」
「友好の証として同国からの支援金を財源として建造された」
 私が単語の読みに詰まっていると、サージェナイトが手伝ってくれた。
「どういう事?」
 文章の意味を尋ねただけだったけど、サージェナイトはブルカイトの歴史みたいなものを語り出す。
「二十年程前にこの地で地震が起こったんだ。沢山の建物が壊れて多くの人が亡くなった」
「?」
「財政難で復興もままならなかったブルカイト国が持ちかけたのがレーザー王とルチル王女との政略結婚さ。ブルカイトは実質的にクォーツ国の支配下に入る事で多額の資金を得、国内の復興を急ぐつもりだった」
 言ってサージェナイトは考え込む。私が待っていると、続きを話す。
「復興の事が無ければ父上は政略結婚なんて絶対受け入れなかったと思う…。勿論、支援金や人材派遣自体は各国少しずつ出してはいたんだけど、全然足りなかったみたいだから、クォーツ国の一部になって面倒見てもらうのが良かったんだろう。シャイニーの血筋の問題もあった事だし」
「…なんか難しいね」
 それからまた黙り込む。
 傾いていた太陽がすっかり沈んでしまうと、周りの景色が見えなくなる代わりに、サージェナイトの心の中が見えるようになった。
「こんな小国滅びればいいのにって思ってた」
「えっ…」
「でも、過去形だよ。こんなに綺麗になったのを見たらね。じゃ、また明日」
 そう言うと、街の方へと歩き出す。呼び止めようとしたら、クォーツへと同行しているお付きの者が私を見付けた。
「シトリン様! 困ります勝手にうろうろされちゃ! 全く、そういう所までローズ様そっくりなんだから…」

「ルビィ! ああ、良かった。待ち侘びていたんですのよ」
「姉さん…」
 オレは未だかつてなく取り乱した様子の姉に困惑した一方で、こんな事態を予測していなかった訳でもなかった。
 人を惑わす不思議な森、オレの倍近く生きているのにさほど歳が離れて見えない姉。姉はいつも何かに怯えていた。今ならそれが幼い頃、オレが生まれるよりも前に姉に接触していたターコイズだと解る。
 姉から此処で何があったかを一通り聞き終わると、オレは言った。
「姉さん、自分の力にまで怯える必要は無いよ。何であれ、姉さんは選ばれてその力を持っているんだから。ターコイズが言うように、その導くものが良いものではないかもしれないけど、その時は、あいつと組んで抗えば良いのさ。その力でね」
「私…自信がありませんわ…」
「責任なんて負わなくていいよ。他の誰も抗う力が無いんだし、出来そうな人がやってみてくれれば。関わりたくないならそうすれば良いさ」
 オレは窓の外の森を見る。
「此処でひっそり生きていれば…」

 翌日、ボク達はクォーツ領へと入った。
「昨夜は何処に泊まったの?」
 サージェに尋ねると、笑う。
「近くの民宿に。なかなか良かったよ、料理も美味しかったし」
 旅の疲労が出てきたのか、この日はあまり会話が無かった。地方の役所の中の宿泊施設で一夜を過ごし、再びクォーツ城へ。
 三日目の昼過ぎ、ボク達はやっと城門をくぐった。
「ルチル! ローズ!」
 謁見の間で父上の姿を見ると、ボク達は安心してしまって思わず駆け寄って抱き着いていた。
「全く、私の授業をサボって」
 ショール先生の声で我に返る。ボクとローズは謝りながら父から離れた。
「まあ、そんな事態じゃないから良いわ」
 再会の感動を噛み締める間もなく、ボク達は部屋を移動して緊急会議を開く事になった。
「私はルチル達の意思を尊重したい」
 これは父上の言葉だ。
「各機関には既に事実を説明済みだ。国民への周知は、シャイニーガーデン全土で一斉に明後日行われる。その頃にはカルセドニーにも着いているだろう」
「内乱は起きませんでしょうか?」
「判らない。だが、我等が国は長らく戦争とは無縁だった。急に民衆が武器を取っても軍が制圧出来ると思っている」
 ボクの問いへの答えが少し、ボクの心配とはずれていたので、言い直す。
「ボクは人が死ぬのは見たくありません」
 父上はボクを安心させる為に笑みを見せた。
「勿論、そうならない様にしっかり説明するつもりだ」
「各国はどうするんです? 敵が居なくなった今、国を統一しているメリットはあまり無いでしょう?」
 サージェは国の分裂という新たな懸念を示した。
「…何もかも判らん。とにかく、明後日になってみなければ」
 父上は真面目な顔でそう言ってから、いつものひょうきんな笑顔に戻る。
「私達の国民を信じよう。ほら、クォーツは今、信頼の冠を…っと、なくなってしまったのであったな」

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