第34章:俄かには信じがたい話

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  • 2374字

『それがシャイニーとお前の力を蓄えた道具か』
 書物がそう問うた。
『誰かが誤って力を解放しないようにと掛けた魔法が仇となったようだな』
「黙れ」
 私は歯を食いしばった。悪戯好きの息子達を警戒して、万が一の事があった場合は私の血を引く女子にしか使えないように[まじな]いを施したのは私自身だ。「賢者」の素質が発現しない場合があり、素質が無ければ神器に込めた力を発動出来ないというのは完全に計算外だったが。
 それに、私自身は力を使える。問題は、鏡が無くてもこの二つだけで書物を破壊できるかだった。
『鏡の事は諦めるのか?』
 書物が思考を読んで尚も問う。此方の覚悟を揺さぶるのが目的だろう。
「貴様を破壊する。それは諦めんがな」

 机の上の、何だか怪しげに光る四角い物に向かってブツブツ喋るターコイズに、ボクとオニキスは呆気に取られてどうしたものかと悩んでいた。
 ターコイズはまるで背後に注意を払っていない。今なら隙を突くまでもなく羽交い締めにして捕らえられそうだ。
「あ…貴方が…『愚者』?」
 オニキスの影からターコイズの様子を窺っていたサファイア様が口を開いた。ターコイズが振り返る。
「そうだ。書物が定める法則に逆らい『賢者』の役目を拒否する者だ」
 サファイア様にオニキスが状況の説明を求めようとしたが、その前にターコイズとサファイア様が再び四角い箱に注目する。次の瞬間、ターコイズの真後ろに不思議な服を着た少女が現れた。
「どっから出て来た!?」
 オニキスが驚いてそう言う。部屋にこれといった死角は無い。その女の子は空中から突如出現した様に見えた。
「ちっ!」
 ターコイズは光る箱を掴んで飛び退る。少女は何語か分からない言葉をターコイズにかけた。ターコイズはその言葉が解ったのか、答える。
「なるほど、サファイアが賢者候補か…お前達、愚者[こちら]側に付く気は無いか?」
 サファイア様も完全には事情を把握していないらしく、キョトンとしている。不思議な事に、少女の方もターコイズの言葉が解るらしく、落ち着いた様子で、先程の何語か解らない言葉で答えた。それを聞いたターコイズは丸腰に見える少女へと剣を構えて飛びかかる。
「駄目!」
 思わず駆け出していた。すんでの所で宝剣の切っ先を受け止める。
「邪魔をするな!」
「だって…」
 ターコイズと睨み合うと、少女が何事かまた発して、ボクの肩越しにクワガタムシの様な形をした道具を宝剣の近くに差し出した。バチン! という音と共に目の前でそれが発光し、ボクは一瞬強い刺激を感じて腰を抜かした。見ればターコイズも同じ様に剣と光る箱を取り落とす。
「ルチル!」
 オニキスが駆けつける。少女はターコイズに何か言いながら素早く光る箱を拾い、最後に二言三言サファイア様に向かって何か言って、再び何処へともなく姿を消した。
「…俺、夢見てんのか?」
「現実だと思うよ。痛かったし」
 痺れが取れてきたので剣を掴んで立ち上がる。ターコイズは、真の目的はあの箱だったらしく、呆然として座り込んだまま動かない。
「取り逃がした…また一から出直しだ」
 ややあってそう呟く。王冠も床に下ろすと、何か呪文を唱えた。王冠と宝剣が砂粒のようになって消えていく。
「えっええ!? ちょ、ちょっと…」
「私の体内に力を移動させた。もう必要無い…というより、私が移動する為に力が必要だ」
 続いて立ちあがり、ベリル城の方に向かって右手を伸ばす。数秒後、その手を下ろしてボク達に向き直った。
「お前の所にはまた先程の賢者が接触しに来るだろう、サファイア」
 ただただ驚き怯えた様子のサファイア様を見て、一拍置いて彼は続ける。
「まあ、あの賢者は新米の様だったし、賢者と同じ話は愚者も出来る。お前達二人も此処まで来たからには真実を知りたいだろう」
 そう言ってターコイズは、俄かには信じがたい真実を、『黄金の書物』と『賢者と愚者』の話をし始めた。

「…えーっと?」
「だぁからぁ。ターコイズは不老長寿なのよぉ」
 詳しい事情はクリソコーラという女が知っている、というのを聞いたパライバから、オレは事情聴取をするように言いつかっていた。捕まえた盗賊達に朝食を与えつつ、聞き込む事小一時間。オレは彼女の話が理解出来ない。
「嘘吐くならもっとまともな嘘にしろ」
「ホントだってぇ。ターコイズはシャイニーの旦那なのよぉ」
「あーハイハイ、解った解った」
 二つ返事をして話を切り上げると、地下牢を出た。すっかり日が昇っている。皆はどうなったのだろう。
 指令室に行くとパライバとサージェナイトが慌てふためいていた。
「どっどうかしたの!?」
 普段落ち着いている二人が慌てているなんて、きっと尋常じゃない事態に陥っているに違いない。
「ルビィ大変なの! 鏡が!」
「砂みたいになって消えてっちゃったんだ!」
 やれやれ、此処でもか。先程クリソコーラから奇天烈な話を延々と聞かされた次は、ストレスが原因か知らないが二人は集団ヒステリーにかかっているらしい。
「そんな事ある訳無いじゃん。置いた場所忘れただけじゃないの?」
 とは言え、過去を見せる鏡に、人を迷わせる光る森。そういった非科学的な物を実際に目にしたことがあると、口ではそう言いながらも心の何処かで思っていた。
 クリソコーラの話は全部本当。シャイニーとターコイズは不老長寿の身。シャイニー亡き今、ターコイズはその仇を取る為にシャイニーの作った神器とそれを使える自分の血を引いた少女達を探している。
 それが今朝彼女から聞いた大まかな物語[ストーリー]だった。
「それはともかく、クリソコーラから話聞いてきた」
 まあまあ、とパライバを座らせる。サージェナイトは暫く考え込んでいたが、やがて言った。
「鏡が消えた…現れるとしたらターコイズの手元以外に有り得ない。僕はオニキス達の助勢に行ってくるよ」

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