第5章:全てあの頃のまま

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 こんなに空気が重苦しいドライブは滅多に無いだろうと言えるくらい、城までの道程は酷かった。突然の事に混乱し口が利けないルークリシャに、何と言えば良いのか判らない夫妻。そして、
「すっかり変わったなーこの国も。コンピューターなんか導入してさあ」
掻き乱されている心を悟られないように、いつも以上に饒舌になっているヴィクトーの対比が。
(…当たり前だよな。十五年前に滅茶苦茶にされたんだから)
 この国の古き良き町並みは、ラザフォード一族の手によって。
(…何か言ってくれよルークリシャ)
 しかしコリンズ国は小さい。車ではあっという間に国城に辿り着いた。案内人が前で待っていて、ヴィクトーの車を駐車場へと導く。
「テイラーご夫妻にフィッツジェラルド中佐でいらっしゃいますね? お待ちしておりました。おや此方は…?」
 案内人が下りてきた四人を順々に見て、最後にルークリシャを示して尋ねる。
「俺の義妹[いもうと]なんですが、構いませんか?」
 とは言ったものの此処で「構う」と言われてもどうしようもない。勿論、案内人は笑顔で「構いませんよ」と答え、城の中へと案内した。
 ルークリシャは中に入ると、一度先程の事は忘れてその美しい装飾に目を輝かせた。先のラザフォードの襲撃でかなり壊されたので、新しく内装をやり直して日が浅いから、大して豪華ではないが見映えは良い。
「此方です」
 客間に彼等を通すと、案内人は頭を下げて居なくなった。ヴィクトーが先頭、次にルークリシャ、最後にブルーナをエスコートしてフェリックスが続く。
「二十年以上振りねヴィクトー。テイラーさん達とは結婚式以来かしら」
 部屋にはごく普通のこざっぱりしたスーツを来た、三十過ぎの女性がソファーに一人で座っていた。胸にかかる栗色の巻き毛が印象的である。
「お久し振りです。国の方も随分発展している様ですね」
 フェリックスがそう返すと彼女は笑って四人に座るよう勧め、使用人達が手早く茶菓子を準備した。四人がめいめいにソファーに座った所で、女性が再び口を開く。
「この可愛らしいお嬢さんは?」
「俺の義妹。ついて来るって駄々捏ねて」
 案内人にした説明をヴィクトーは繰り返す。
「ウィリアムズで養子になった先の娘さんね?」
 挨拶しろ、とヴィクトーに小突かれ、ルークリシャはまだ通常の速さに戻っていない鼓動を押し隠しつつお辞儀する。
「ルークリシャ・フィッツジェラルドです」
「ところで肝心のティムは?」
 ブルーナの問いに女性は髪の毛の先を弄びながら答えた。
「あの人は昔からちょっと変だけど、最近益々様子がおかしいのよ。呼んで来るわ」
 立ち上がって自ら呼びに行こうとする彼女を使用人の一人が制止する。
「女王様、私がお連れ致します」
 なんと、全然そんな風に見えなかったが、この人物こそがコリンズ国の女王、ドロシー・コリンズだった。想像していた女王の姿と彼女とが余りにもかけ離れていたので、ルークリシャは目を見張り、もっと丁寧な挨拶をするべきだったと恥じらう。
(…って、この人をお兄ちゃんは誘拐しようとしたの?)
 少し物事を冷静に考えられるようになってきた頭で必死に考えようとしたが、思考はドロシーの言葉に遮られる。
「嫌になっちゃうわー。此処の人達、何一つ私に自分でやらせてくれないのよ」
 そう言ってソファーに戻って来るとヴィクトーに向かって微笑みかける。
「そう言えば私まだあのコイン持ってるわ」
「俺もあの刀は重宝してる」
 ヴィクトーは出された茶を飲んでかなり落ち着いたのか、いつもの調子を取り戻しつつあった。
「枕元に置いとくのに最適な大きさだ」
 そして少し逡巡して、まず謝ろうとする。
「結婚式…その…来たくなかった訳じゃなくて…」
 そのしおらしい様子にルークリシャはあらぬ妄想をして勝手に苦しみ始める。
(もしかして、お兄ちゃんはこの女王様が好きで誘拐しようとしたけど失敗して、結婚式に出なかったのはまだ未練があって他の人に取られる所を見たくなかったから!?)
 しかしドロシーはその言葉を遮った。
「良いのよ! ティムが呼びたいって言ったから止めなかったけれど、それは、私も逆の立場だったらとても来れないわよ。貴方は何にも悪くないんだし、今日明日は楽しんでいって!」
 ヴィクトーは最後まで言わなかったが、彼女の言葉に多かれ少なかれ救われた。
『貴方は何にも悪くないんだ』
(…そう言ってもらえるとありがたい)
 ヴィクトーが手で顔を覆うと、ドロシーが気に掛ける。
「お疲れの様ね。そう言えばお昼は食べた?」
「あーそういやまだだ」
 一度に摂れる食事の量が少なく、普段なら午前中に二回は食べるヴィクトーは、急に空腹感を思い出し、テーブルの上の菓子を一つ摘む。
「いつ来るか判らなかったから準備してないんだけど、町に食べに下りる?」
「私達も丁度観光したかったので、是非」
 フェリックスが言うと、奥の部屋からスカーフで頭や顔を覆った人物が姿を現した。
「ティモシー王婿殿下です」
 使用人が言った。スカーフの人物は頭を下げる使用人に下がって良いと告げ、五人の元に歩いて来る。
「遅くなってすまない。食事に行くならそうしよう」
「突然呼び出しといて遅刻の挙句挨拶がそれかよ」
 ヴィクトーの言葉に、スカーフの隙間から見える紅い双眸が笑んだ。
「他に何と言って欲しかったのだ? 文句があるなら、私は貴方の恩赦を取り消して牢に放り込む事も出来るのだぞ?」
「あーはいはい。ったく、人の弱み握って脅す事しか能が無いんだから」
「世間知らずなのでな」
 彼は父親によく言われた言葉で自虐した。スカーフを外し、フェリックス達の方を向く。
「元気そうだな」
 スカーフの中から、あの日からちっとも変わらないティムの顔が現れた。
 ヴィクトー達は息を呑んだ。ティムは本当に変わっていなかった…十五年前のあの頃の姿から、皺一つ、その肌には増えていないようだった。まだ十七歳だ、と言っても誰も疑わない、少年の様な顔でティムが微笑んでいた。
「ティムも」
 フェリックスはその事に少しは驚きつつも、まだ三十過ぎだし、若々しさを保てる体質なのだろうと思って返した。結婚式で会った時も、今と同じ様な感じだったし。
「全然変わってないね…例の」
「計画が終わった時から」
 ティムはフェリックスが言わんとする事を読んで続きを先回りして言った。ブルーナも眉を顰め、ヴィクトーは
「話したい事ってのはこれか」
と呟いた。ティムが口の端を吊り上げて肯定する。ルークリシャだけ、きょとんとした顔で黙って座っていた。
「他にもあるがまあそうだ。とにかく、昼食にしよう。堅苦しい話は夜にでもゆっくりすれば良い」
 ところでこの少女は? とルークリシャを指してティムが訊くので、ヴィクトーは立ち上がりながら何度目か分からなくなってきた説明を繰り返した。
 ルークリシャとフェリックス夫妻も部屋を出て行く彼等に続く。その背中を見ながら、ドロシーは心の中で呟いた。
(どうやらティムだけじゃないわね。時間が止まってるの)
「どうしたドロシー。食べないのか?」
「今行くわ」
 妻を心配して戻って来たティムの顔を見て答える。
(彼等が原因究明の糸口になってくれれば良いけど)

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