第4章:刀剣男士「鶴丸国永」

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 コウが本丸に帰って来たのは、日もとっくに暮れた宵の頃だった。前田も流石に疲れた様子で、解散を言い渡すといそいそと自分の部屋へ戻って行く。
 執務室では一期が笑顔で出迎えてくれた。簡潔に今日のレポートを読み上げる。
「本日はもうお休みください。前田は良い子にしておりましたか?」
「仕事の手が離せなくて、放ったらかして悪い事しちゃった。一期ももう上がりな」
 執務室の電灯を消す。一期は軽く頭を下げて部屋へと戻った。審神者は厨へと向かう。もしかしたら宗三と歌仙が待っているかもしれないと思ったが、厨には誰も居なかった。冷蔵庫を覗くと、二人分の夕飯とメモが入っている。食事は済ませてきたので、明日の朝食べよう。
 明朝の食事は不要だと別の紙に記して冷蔵庫に貼り、外に出ようとした所で何やら分厚い布に視界を遮られる。
 江雪が柱に左手を突いて、出口を塞ぐようにして立っていた。月明かりが彼の白髪を照らして、オーラか何かが周囲に漂っている様に見える。
「ご苦労様。誉の数の……」
「今日は何用で現世へ戻られていたのですか」
 労う審神者の言葉を遮る。審神者は俯いた。
「……何でも良いでしょ」
「いいえ」
 僅かな隙間から出て行こうとしたが、まだ武具を付けたままの右腕がそれを阻む。
「一期にも清光にも、用件をお伝えしていない様ですが」
 審神者は自分の手をその腕の上に置き、言おうかどうか迷った。しかし、江雪の言葉が響く。
『やりたい事をやっていませんね』
 自分の何もかもを見透かしたその言葉。言えば、言葉だけではなく行動でもその事実を認め、そこから抜け出せない己を認める事になる。気付けば誤魔化していた。
「……私にもプライベートはあるんだけど?」
「私達を規定外の時間に出陣させておいて」
 江雪が腕に力を込め、審神者を厨の中に押し込んだ。左手で引き戸を閉めると、厨の中は殆ど真っ暗になる。窓から差し込む光芒は二人を避けている為、互いの顔すら確認できない。
 江雪は怒りを顕にする際、大抵本心とは違った点に怒っている振りをする。今回は何にお怒りなんだ。きっと時間外労働に怒っている訳ではない。
 江雪の両手が審神者の肩に伸びた。暗い密室、しかもこの時間帯は誰も寄り付かない離れの一角に二人きり。江雪の手が重い。心の準備が何もできていない審神者は後退ったが、反対側の壁に背が触れた時点で意を決する。もうなんとでもなれ…!
 江雪の息遣いが近付いて来た気配がした。表情等見えない程暗いのだが、審神者はぎゅっと目を閉じる。数秒後、胸の辺りに固い物がぶつかった。驚いた審神者が目を開いてきょろきょろしていると、江雪の手が肩から腕へと滑り落ちる。呼べば呻きの様な声だけが返ってきた。良く見えないが、江雪が自分に寄りかかってなんとか倒れずに済んでいるのは判る。
「江雪? どうしたの!?」

「熱中症だな。まあ、こんな暑い夜に鎧袈裟なんて着てたら倒れもするさ」
 薬研は笑いを堪えながらそう言った。薄着にされ、布団に寝かされた江雪は、恥ずかしさに顔を赤らめる。心配そうに江雪の顔を覗き込んでいた小夜も、薬研の言葉に呆れ顔だ。宗三は堪え切れずに口を手で押さえて笑っている。審神者も呆れたが、とにかく大事無くてほっとした。
 身体は幾らでも替えが利くとはいえ、苦しむ姿やついさっきまで熱を感じていた体を廃棄する所は、やはり見たくない。
「いつもは暑ければ作務衣に着替えるのに……」
「ほんと。今日の兄様は様子がおかしいですよ」
 笑いが収まった宗三の肩を薬研が突き、三振は外に出る。
「……何を気にしてるの?」
 気を遣われた事を感じたので、審神者は素直に尋ねてみる。江雪は寝返りを打って彼女に背を向けた。飾りが外された耳が露わになる。
「……変な虫が纏わり付いているそうですね。清光から聞きました」
 虫? はて、と首を傾げたが、すぐに思い当った。穂村の事か。
「あー、あれは清光の気にしすぎだって。大学の同期も審神者なの」
 江雪が視線だけを此方に向ける。
「何とも思ってないって。私は」
 そう言うと審神者は立ち上がり、背後の襖を蹴った。廊下から「ひぃっ」と宗三の情けない叫びが上がる。
「だから盗み聴きは良くないって言ったじゃない……」
「おー気配消してたのに流石だねえ大将」
 襖を開けて三振の頭を軽く小突く。この審神者にしてこの刀剣達あり、だ。
「ま、気付いたのは私じゃなくて江雪だけどね」


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