第1章:初期刀

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 山姥切国広は、鏡で自分の姿を見て驚いた。金の髪、碧の眼、整った顔立ち。綺麗だ、と自分でも思ってしまって、慌てて頭の上の布を引っ張る。こんな姿を想像していただろうか。顔にかかる前髪を一房摘んでみる。思ったよりも柔らかくない。本当に、あの能力者には自分の人型がこう見えていたのか?
「山姥切国広、こっちです」
 黄色い狐のぬいぐるみが彼を呼んだ。こんのすけ、と呼ばれているそれは、使役する為に封じられた管狐だとか。
「研修は、他の初期刀候補と一緒です。五振と私の一匹が、同じ区画で寝起きします。毎日出される試験に合格した者から、審神者様と共に、本丸で戦いに従事できます。尤も、審神者様に選ばれれば、ですが」
 山姥切は頷き、こんのすけの後をついていく。他の四振は既に部屋に入っているらしい。
「教材は全て部屋にありますので、他の刀とコミュニケーションを取りながら、人間としての生活に慣れてください。その他、政府との連絡方法等、重要な事柄は毎週説明会と質問会が開かれます。不明な点があれば参加するようにしてください。初回は参加必須です」
 刀剣男士の肉体は大量生産できる訳ではない。同時に、あの能力者が一度に顕現させられる刀剣の数にも限度がある。審神者の一般公募及び時間遡行軍殲滅戦の開始は年明けを予定しているが、初期刀の研修は傀儡が仕上がった者から随時行う事になっていた。
「週末は、審神者様と刀剣男士専用の万屋街に出掛けても構いません。寧ろ、積極的に買い物をして、金銭感覚を身に着けてください。お給料は、研修中も専用の口座に支払われますから」
「解った。礼を言う」
 初めて出した声は、とても掠れていた。しかも、思ったよりも低い。
 男、という性を与えられたのだ。そう実感した。
「声を出すの、お上手ですね。流石です」
 褒められた嬉しさよりも、不安の方が大きかった。なにせ、他の刀に会うのも十数年振りだ。ましてや虎徹に兼定といった名立たる名剣名刀、自分なんかが肩を並べるなど……。
 今日から暮らす部屋に入ると、テーブルに着いて鉄砲を弄んでいた刀剣男士が振り返った。
「おーやっと来たぜよ。おまんがこの部屋では最後じゃ。わしは陸奥守吉行」
「加州清光」
 テーブルの向かいに座り、マグカップを握った長髪の刀剣男士が続ける。
「俺は山姥切国広。他の二振[ふたり]は?」
「ああ、個室[へや]の中じゃ」
「呼んできます」
 こんのすけが、居間にあたるこの部屋から続く扉を順に叩いた。
「山姥切国広かい? 宜しく頼むよ」
 紫色の髪の二振が姿を現す。派手なマントを着た方は、何やら布切れと道具を携えていた。山姥切の視線に、彼は微笑む。
「刺繍だよ。手先を器用にしたくてね。産まれたばかりの身体だから、思うように動かなくて」
「ピアノもあるよ。部屋にある物は自由に使って良いそうだ」
 もう片方が指差す。電子キーボードにコンピューター、トレーニング器具等、一通り揃っているようだった。やけに充実しているな、と山姥切はなんとも言い表し難い胸騒ぎを覚える。
「山姥切も何か飲む?」
 清光が立ち上がったついでに尋ねた。
「のむ……?」
「そっか、初めてか。じゃあ水が良いね」
 清光が別のマグカップを台所から取ってきて、浄水器から水を汲む。彼に教えてもらいながら口に含むと、冷たく変な感じがした。これが水で、飲む、という行為。
「あんた達は、もう何日此処に居るんだ」
 声も心なしか出やすくなった気がする。
「俺達もそう長くはないよ。五日くらいかな?」
 金の着物を着た刀剣男士が答え、マントの刀剣男士に同意を求める。
「そうだね、丁度五日だ。名乗り忘れていたね。僕は歌仙兼定」
「俺は蜂須賀虎徹」
「加州清光、蜂須賀虎徹、歌仙兼定、陸奥守吉行、よし、覚えた」
 山姥切は顔と名前を一致させる。不思議だ。付喪神である時はその魂で相手が判別できるのに。
「ええのうええのう。人間と寝起きしとる刀の方が、はいてく[・・・・]な事を知っちゅう、おまんも色々教えてくれよ!」
 陸奥守が立ち上がり、わざわざ山姥切の肩を叩きに来る。吃驚したが、人間はよくやっている動作だったな、と思い出した。
「寝起きと言っても、俺は殆ど座敷には居なかったけどな。あんたこそ、元の持ち主の所に居た時は座敷に居たんじゃないのか」
「わしはこの二、三百年は博物館暮らしじゃからのう」
「という事は、坂本龍馬の吉行か」
「ご名答! はいてくな事のついでに、褥の事も……」
「陸奥守! 昼間から下世話な話はよしてくれ」
 歌仙が花を縫い終わり、糸を切りながら叱った。
「すまんすまん。けど、楽しみにしておくと良いぜよ」
 最後は山姥切に耳打ちする。楽しみ? と首を傾げたが、歌仙の目も光っているので深く突っ込むのはやめておいた。
「加州、あんたは何処の家なんだ? 元の主は?」
 加州清光は刀工の名前だ。他にも同じ名で呼ばれる刀は多く、どの歴史を歩んできたのかは知り合いでもなければ判らない。何気なく訊いた山姥切の言葉に、その場が凍り付いた。
「……前の主は沖田総司」
 それだけ答えると、マグカップを洗って部屋に戻ってしまう。
「何かまずかったか?」
「ああ。滅茶苦茶まずかったぜよ。早う教えちょったら良かったのう」
 他の者には、あいつが来る前に根回しできたんじゃが、と添える。
「あいつは……沖田の清光は、とっくの昔に折れたちや。なんで此処に居るがかはわしにも解らん」


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