第13章:別離

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  • 4097字

 鯰尾は太陽が昇った気配を感じて、ひとつ伸びをした。
「骨喰ー朝だよー」
 布団を片付けながらいつもの様に衝立の向こう側へ声を掛ける。骨喰は死んだ様に眠り、朝も何かしらの刺激が無ければ起きないのだ。
「骨喰?」
 いつもならむにゃむにゃ言う様な声やごそごそと布団の中で丸まる音が聞こえるのに、今日は無反応だ。鯰尾が覗き込むと、そこには殆ど乱れていない布団だけがあった。
「あれ…?」
 きょろきょろと見渡すが、部屋の中に彼の気配が無い。服も部屋の隅に、丁寧に畳んで上に手袋を乗せた状態になっている。
「…厠かな…」

 朝食の席にも骨喰は現れなかった。今日は自分が近侍だと解っていたが、気になって普段の倍くらいの時間をかけて食べた。渋々箸を置いた時、安定が他の者より大分遅れを取って現れた。
「骨喰見ませんでした?」
 機嫌が悪そうな安定は、噛んでいる飯を嚥下してから棘のある口調で答える。
「見てないよ。どうして僕が知ってると思ったの?」
 また清光と揉めたか、と呆れつつ、鯰尾は主の元へ。
「おはようございます!」
 元気良く主の部屋に入ると、そこには他に三人居た。
 暗い顔をして俯き、自らの紅い刀身を手に主の隣に立つ清光。微かに拳を震わせて正座している小夜。そして無表情で赤い視線を投げかける今剣。
 主は、何か二尺くらいの、布に包まれた長い物を持って座っていた。
「…どうしたんです? 皆集まっちゃって」
「骨喰が歴史修正主義者化したの」
 主の言葉は単刀直入だった。鯰尾は笑みが凍り付く。
「……いつ?」
「昨夜。未明と言った方が正しいかな」
 詳細な時刻など、知りたい訳ではなかった。ただ、嘘であってほしい、冗談であってほしいと、思って出た問いだったから。
「…骨喰は」
 笑みを引っ込めた鯰尾が主に近付く。清光が警戒していつでも抜刀出来る体勢を取った。自分が激昂して主を傷付けないか心配なのだろう、鯰尾自身も理性を保てる自信が無い。
 主が包みを床に置き、そっと布を取った。倶利伽羅竜が彫られた、美しい刀が姿を表す。思わず触れていて、鯰尾は指を切った。
「…骨喰はどうなるんですか」
「…一昼夜の内に人の姿を取り戻せなかったら、また眠りに就くらしいわ」
 鯰尾は血を流しながら骨喰を抱き寄せ、声を震わせる。
「主の霊力で何とか出来ないんですか」
 主は答えない。困った様に顎を引き、視線を逸らせる。
「出来ないなら俺も骨喰も刀解してください」
 やっと見つけたのに。また奪われるなんて…こんな事なら自分も眠っている方がマシだ。
「それは駄目」
 いやに主ははっきりと断った。
「残念だけど…私は刀解も、骨喰を助ける事もしないつもりなの」
「…どうして!?」
 掴みかかろうとした鯰尾の首元に、清光の鞘が当てられる。
「復活させて…また歴史修正主義者化しないとも限らないからな」
 主の代わりに清光が諭した。
「それに、刀解はあなたが望むような結果にはならないよ。誰も救われない」
 奥で控えていた小夜がそう断言する。鯰尾は、退くしかなかった。
「…貴方も骨喰をもよく尽くしてくれたから、今回の事はとても残念なのよ。本当に」
 鯰尾は布を血で汚しながら骨喰を包み直す。首を横に振った。
 自分が欲しいのは、慰めや労いの言葉なんかじゃない。
「…今日は骨喰の様子を見させてください。これが最後になるかもしれない」
「解ってるわ」
 主は代わりに清光を近侍に指名した。
「安定が妬くよ」
 清光の言葉に、主は一瞬笑いかけて、鯰尾の前だという事を思い出して堪えた。
「面白い事言うわね、貴方達」


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