第3章:勝者のディナー

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  • 5859字


「ねえ」
 僕はその日、ブランシュを問い詰めていた。
「ナイジェルは何処に行ったの?」
 あの日、ブランシュの部屋に担ぎ込まれた彼女は、それきり姿を消した。
「魔物にやられた傷が酷くてね。助けてあげられなかった」
 ブランシュは家事をする手を止めず、そう答える。
「君はだいぶ大きいんだし、馬鹿でも無いんだから解るでしょ? 死んだの。可哀相に、一緒に居たロイはその場で殺されてしまったんだろう」
 死んだ。それはそうだと思う。居なくなったんだから。
 だけど彼女の傷は致命傷なんかじゃなかった。
「貴方が殺したんじゃないの?」
 気付けば口を突いて出ていた。我に返って口を押さえたが、もう遅い。
 ブランシュは濡れた手を拭くと、振り返ってニヤリと笑った。
「セレスト」
 一歩近付いて来る。僕は一歩下がる。得も言われぬ恐怖が僕の動きを鈍くしていた。
「君はちょっと頭が良すぎたようだね。やっぱり駄目だなあ、大きくなってから拾うのは」
 素早い動きで距離を詰められ、その腕に抱き締められる。何が起こっているのかよく解らなかった。
「ああ、でも君は本当に良い匂いがする。死がすぐ傍にある匂いだ」
「な、何を言って……」
「死にかけたのは一度じゃないよね? でも、折角だしもう少し死線を潜り抜けてからの方が良い」
 意味不明だ。命の危機なんて一度もあれば十分だし、第一これから僕をどうするつもりだ?
「死を奪う星晶獣の名前が、君を守ってくれる筈だよ。……ジェイド、おいで」
 呼びかけに応じて、リビングの扉がキィ、と開く。
「お待ちかねだね。君の番だよ」
 その日初めて、僕はジェイドが微笑むのを見た。
 ブランシュから解放された僕に、ジェイドは先程ブランシュが洗ったばかりの包丁を手に向かってくる。幸い、僕の方が身軽の様で、部屋中を逃げ回って難を逃れた。
「良いね良いね。もっとだ、もっと」
「ジェイド! どうしたの? やめてよこんな事!」
「聴こえてないよ。僕の血液を吸わせて操っているから」
 血を吸わせて操る? 魔法か毒か、或いはその両方か。
「尤も、ジェイドは唯一、僕のやっている事を知っても理解してくれた子だけどね。だから死ぬのは惜しいよ。でも、それが彼の望みだから」
「ふざけるな!」
 彼の望み? 操っておいてそれはないだろう。
 僕は立ち止まり、呼吸を整えた。丁度良い間合いにジェイドが飛び込んできたところで、脚を振り上げてその腹を蹴る。
「ぐはっ」
 ジェイドは胃の中の物を吐き出した。その臭気が僕の肺に入り込む。
 僕は魔法で氷の短剣を錬成すると、一心不乱に白髪の男に向かって行った。
 腹に食い込む刃。骨を伝って胸まで来る生々しい感覚。広がる赤に、我に返った。
 ドタン、とブランシュが後ろに倒れて、僕は急に怖くなった。
 殺した、殺した。人を殺した。何も殺す事無かったんじゃないか?
 僕は家を飛び出した。それから後の事は、何も知らない。


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