第3章:同じ場所、違う景色

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 世界平和に貢献している。
「ぱぱーおかしかってーおかしー」
「一つだけだぞー」
 宿の窓ガラス越しに、通りの喧騒が聴こえてくる。スツルムはベッドの中で、可愛らしい子供の声に微笑ましくなった。
 月のものが来る間は、パフォーマンスが落ちるから仕事に出ないようにしている。勿論、戦況によってはそれも難しいが、基本的にそんなにブラックな現場は選ばない。傭兵は、命あっての物種だ。
 ドランクもそれに合わせて仕事を休む事が多いが、今月はヴォルケからの依頼で出掛けて行った。戦場は山を一つ越えた所だと言うが、見ての通り町は平穏だ。
 世界平和に貢献している。汚れ仕事は、それに耐えられる人間が引き受ければ良い。
「ただいまー」
 ドランクが戻ってきた。早朝に出て行った時と全く同じ格好で、服に塵一つ付いていない。肉弾戦はやらずに帰って来たのか。
「もう決着がついたのか?」
「いいや、ドナさんにもう良いって言われたから。大丈夫? 気分悪いの?」
「別に。転寝してただけだ」
「そう」
 ドランクは上着を脱ぎ、身を起こしたスツルムの隣に座る。サイドテーブルに置いてあった読みかけの本を取って、スツルムを引き寄せた。
「『もう良い』って、また喧嘩でもしたのか?」
 スツルムを子供のように抱き抱え、彼女の膝に本を置いて読み進める。小難しい単語が並ぶ兵法書だ。
 傭兵が指揮を取る事など滅多に無いが、ドランクは一人で戦車何台分もの仕事をする。彼が放った魔法の一撃が、戦局を揺るがす可能性も無くはない。だから大局を読めなければならなかった。
 珍しくドランクからの返答が無い。喧嘩じゃないなら何なんだ、とスツルムは妙な胸騒ぎがして、長袖のシャツ越しにドランクの腕を掴んだ。
「何?」
 やっとドランクが口を開く。
「今日の仕事、どうだった?」
「どうって、別にいつも通り」
 いつも通り、自然を、文化を破壊して、おしまい。
 いつかドランクが辟易とした口調でそう言った。だから戦争の難を逃れたり、戦火に耐えきって今世まで残っている史跡は尊いのだと。
 直接口には出さないが、ドランクがその裏で、そこにあった命が消えた事に悲しんでいる事は解っていた。スツルムは言うべきかどうか迷って、言う。
「『戦争で殺した相手の事をいちいち気にするようじゃ、傭兵には向いてない』」
 ドランクは黙ってページを捲る。明らかに機嫌を損ねている。
「ドランク……」
「何? 傭兵辞めろっていう訳? そうしたらスツルム殿とも、もう一緒に居られないね」
 一気に吐き出す。好きで始めた仕事ではなかったが、傭兵をやめたからと言って、平穏な暮らしが出来る訳でもないのだ。実家からの追手、秘密を狙う者達――だったら、傭兵で居たい。スツルムがそうだから、という事を差し引いても、定住の必要が無い事、仕事中は追手が近付きにくい事、自分が得た[・・]特性に合っていて稼ぎが良い事など、今更辞める理由は見当たらない。
「そうじゃない」
「じゃあ本当に何なの。スツルム殿らしくない物言いだよね」
「ああ。ドナの言葉だ」
 パタン、と強く音を立ててドランクが本を閉じた。
「そんなにドナさんが好きなら彼女と結婚すれば」
 そんな事言いたいんじゃない。のに、苛つきが勝手に口を動かす。これもドナの所為だ。彼女と話した後は、箍が外れてしまう。
「ドランク!」
 スツルムを突き離す様にして立ち上がり、上着を取って部屋を出る。スツルムはまだ自分の名を呼んではいたが、追いかけては来なかった。


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