第3章:同じ場所、違う景色

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 通りに出ると、幸せそうな親子とすれ違って苛々する。それは自分に与えられなかった幸せ。これからも得られない未来。
 勿論、スツルムが――ドナが言った事は尤もだとは思う。一々気にしていたら自分の心が壊れてしまう。でも気にせずに居ようと思えば思う程、戦場の悲惨さが脳裏に浮かぶ。
 それもこれも、あの時のこのこと――
 ドランクはハッとして、慌てて上着を着た。大丈夫だ、濃い色のシャツだったから透けてはいないはず。
 さて、飛び出してきたは良いがどうしよう。今すぐ戻って、嘘でも何でも良いから謝るべきだ。そういう合理的な判断に素直に従える部分は、我ながら偉いと思う。
「スツルム殿……」
 宿に戻ると、スツルムがドランクの本を開いて読んでいた。眉根はこれでもかというくらい寄っている。
「難しい。単語が意味不明」
「そりゃ入門書じゃないからね。興味あるならもっと簡単なの買ってあげるよ」
「要らん」
 スツルムは本を置いて寝転がる。眉間の皴が戻り、ドランクはほっとする。
「ごめんねスツルム殿」
「別に良い。お前の言う事は十中八九本心じゃない」
「それは言い過ぎじゃない!? も~僕が悪かったから許して~」
「だから怒ってないって言ってるだろ。あとそれが人に許しを請う態度か」
 肝心な所でへらへらしてしまう悪癖は自覚している。プロポーズもしようと思ってしていたら、きっとOKなんてしてもらえないくらいふざけた事を言ってしまったに違いない。
 ドランクはベッドに腰を下ろす。暫しの沈黙の後、口を開いた。
「スツルム殿も、戦場とはいえ人を殺す事が後ろめたい時期があったんだね」
「傭兵を始めたばかりの頃はな。それで当時活躍してたドナ達に話を聴きに行ったんだ――」

 少女が酒場のドアを開けると、こんな店に子供が一人で、と周囲に居た客達が振り返った。
『お嬢ちゃん、一人?』
 首を横に振る。店主の声で気付いたのか、待ち合わせ場所に此処を指定した女が手を挙げた。
『手紙くれた子だろ? 私がドナだよ』
 テーブルに向かうと、そこには妙齢のドラフの女と、エルーンの青年が座っていた。
『わざわざ手紙をくれるような子だから、もっと積極的なのかと思ってたけど、意外と寡黙だね』
『緊張しなくて良いんですよ。奢りますので何でも好きなの頼んでください。あ、お酒は駄目ですが』
『ありがとう……ございます……』
『それじゃ、早速本題を聴こうか』
 少女は話した。父親が傭兵として家計を支えて来た事。その父が死んで自分が働いている事。剣の腕を見込まれたのと、父親の縁故でいよいよ本格的な傭兵業を始める事。
『でも、その、戦場のイメージがつかなくて……』
 自分はこんなにも父親の仕事の理解をしていなかったのか、と認識した。父親はいつも元気に仕事に出て行って、暫くすると少しだけ疲れた顔をして戻って来た。ただそれだけだった。それは他の家庭でも毎日繰り返している事で、スツルムの家ではそれが数日だったり、数週間だったり、時には数ヶ月のスパンで行われるというだけだった。
 それでも傭兵は、命のやり取りをする仕事だ。ある日父が変わり果てた姿で帰ってきた、それが示す様に。
『父は味方の武器の暴発事故で死んだって聞きました。その時死んだのは父だったけど、本当なら敵の誰かが死んでいた。父も沢山人を死なせてきたんだと思う』
 ドナ達は黙って少女の話が終わるのを待つ。
『そういうのを、皆は、どうやって受け止めているんだろうって、思って』
 少女が顔を上げると、ドナはヴォルケの顔を見た。ヴォルケは苦笑する。
『まあ、あんまり深く考えすぎない事だね』
『へ?』
『まず、戦争で殺した相手の事をいちいち気にするようじゃ、傭兵には向いてないね。今からでも仕事を断ってきなさい』
『そんな……』
 そんな事をしたら、仕事を紹介してくれた父の知人に向ける顔が無い。
『傭兵はね、貰った分の仕事をきっちり熟して、自分が死なないようにだけしてれば最低限生きていく事は出来るんだよ』
『でも、それじゃ……』
 やられた側の想いは誰に向かうのだろう。戦争だったんだから水に流せ、なんて無理な話だ。事故だった父の死でさえ、あんなに悲しかったのに。
『戦争の責任を負うべきは一介の兵士にあらず、だよ』
『人を雇ってまで、相手を打ちのめそうと争う火種を撒く者が悪いんです』
『そう。私達はね、そういう奴等から一般市民を護る為に戦う。そう思ってやってれば良いのさ』


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