第35章:呆気ない幕切れ

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  • 2474字

 昼過ぎ、僕はベリルの兵士達十数人と共に、迷いの森へと入ろうとしていた。
「単独行動は避ける事。まずルチルとオニキスとサファイア様及びコランダム領民の保護を最優先する事。それから…」
「その必要は無いぞサージェ」
 僕が兵士達と最終確認を行っていたら、森からオニキスの声が聴こえた。
「オニキス!?」
 振り向けばルチルと、驚いた事にアメジスト王女の姿もあった。
「『今』は『いつ』だ?」
 オニキスが迷いの森を抜けた者が必ずする質問をする。答えると、
「今回は殆どずれてないな」
との事だった。迷いの森が進ませたり遅らせたりする時間はランダムなので、この時は特に気にも留めなかった。大体、いつも未来へとタイムトリップしていたら、コランダム領民は僕達から見たらかなり長い時間生きる事になる。サファイア様やルビィを見れば解るように、長く森の中に滞在すれば平均して時間の流れはプラマイゼロになるんだ。
「それより、ターコイズは? サファイア様も」
 緊迫している僕達とは対照的に、オニキスとルチルはゆっくりと顔を見合わせる。オニキスが頭を掻きながら言った。
「まあ、話せば長いんだが…『もう何の心配も無い』ってのが現状かな」

「…何だか、全然信じられないんだけど…」
 ボクはターコイズの話が一通り終わったところで言った。
「まあ普通はそうだろうな」
 最初から信じてもらえる事など期待していなかった様に淡々と返したターコイズに向かって、オニキスが怒りを顕にした。
「結局お前の自分勝手な望みを叶える為にブルーレースや死んだ奴等は犠牲になったのかよ!」
 剣を振り翳したオニキスをボクがすんでの所で止める。
「許せないのなら殺せ。書物も愚かだ。ここで殺させれば愚者が一人減るというのに」
 ターコイズの水色の眼が、オニキスの漆黒の瞳を捉えた。
「シャイニーを失って我を忘れていた事は認めよう。金で雇った者達が結果としてかなりの犠牲者を出した事についても言い逃れるつもりは無い。ただ私は『賢者』としての運命を受け入れたくなかった。貴様だって生まれた時から領主の息子という人生を負わされ、結婚相手すら親の決めた者になると言われた時に疑問を感じただろう?」
 そのひたむきな想いが彼の声から響き渡る。オニキスが剣を少し下げた。
「賢者も同じだ。私は昔、男娼だった。賢者に選ばれた時は、世界が私の意のままになるのだと知って、嬉しかった。やっと私は『人間』として生きられるのだと思ったのに、」
 ターコイズは口を覆って言葉を切った。込み上げるものがあったのだろう。
 漸く手に入れたと思った自由。結局それは、あの『黄金比の書物』の思惑という枠の中のものでしかなかったのだから。
「…これから貴方はどうするの?」
 ターコイズがボクを見た。
「…とにかく、あの女を追う。此処で待っていればいずれまた来るかもしれないが、生体に安定して他人の力を留めておく事は出来ないのだ。無駄にならない内に使ってしまう。相性が良ければ増幅する事もできるが、生憎シャイニーの力と私の力は方向性が違うのでな」
「お前は何を司っていたんだ?」
 これはオニキスの問いだ。ターコイズは笑う。
「シャイニーは『伝説』の通り…『繁栄』を司っていた。私は」
 一呼吸置いてターコイズが答える。
「『純粋の賢者』と名乗っていた」

「なんていうか…」
 僕達は一先ず司令室に集まっていた。途中でオニキスに拾われたアメジスト王女は、とりあえず別の部屋でブルーレースと共に監視下に置いている。
「全っ然信じられないけど、鏡飛び散るのはこの目で見たし…」
 パライバが珍しく頭を抱えていた。オニキスとルチルが物事の真相を説明し終わるのに小一時間かかった。僕を含め、この場に居る全員がオニキス達の…ターコイズがしたという説明に納得してはいなかった。
「それで、ターコイズはどうなったんですの?」
「それがだな…」
 オニキスも半信半疑という感じで頭を掻きながらローズの問いに答える。
「消えたんだよ。目の前から」
「まだコランダム城に潜んでいるかもしれないじゃない。サファイア様を一人で残して来て良かったの?」
「その心配は無いよ」
 意外にも、パライバの叱責を遮ったのはルビィだった。ルビィは司令室の小さな窓から森を睨んでいたが、此方を振り返る。
「もう、あれは『迷いの森』じゃないから」
「どういう事?」
「はっきりとは解らないけど…大丈夫。多分ね」
「結局貴方の勘って事?」
「違うよ。コランダム城の位置が変わらないからさ」
 ルビィによると、迷いの森から突き出しているコランダム城の塔の先端は、森の外から見ると少しずつ移動していたらしい。その動きが今朝からなくなっているとの事で、もう、摩訶不思議な魔力はあの森から消え失せたのではないかという事だった。
 ルビィは窓から離れると言った。
「ターコイズって奴の狙いはもう無いし、姉さん自身や他の人々を傷付ける意図はなかったんだろ? でもまあ、心配だしとりあえずは帰るよ。馬をくれないかパライバ」
「良いけど…」
 ルビィを送り出し、再度僕達は司令室で顔を見合わせる。
「これからどうすれば良いってのよ」
 全くだ。神器は結局失われてしまった。これまで神器の保護という共通目的を通じて保たれていた各国の友好関係が崩れるかもしれない。
「そういう小難しい事もだけど、もっと身近な事も考えて」
 パライバは国民・領民にどう話したものかと頭を悩ませていた。プリンセス達は帰って来た。しかし、シトリンは死んだ事になっているし、モルガナイトに至ってはパライバがすっかりなりすましてしまっている。襲撃があった事すら隠し続けていた国家を信用しなくなった民衆が暴動を起こさないとも限らない。
「その点うちは楽だな。襲撃も拉致も隠してないし」
 オニキスが言った。尤も、カルセドニーの問題は、如何にしてブルーレース姫を改心させるかだろう。
「まあ此処で悩んでたって仕方無い」
 埒が明かないので僕から切り出した。
「一先ず、それぞれの場所に帰ろう。領民への対処は、各々の関係部署に問い合わせないと」

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