墓前にて

  • PG12
  • 5443字


 十年近く経った今でも忘れられない。それはドランクが二十歳の節目を迎えた時の事だった。
 心臓が今にも破裂して死んでしまうのではないか、と思ったのを覚えている。

「久し振り、おばあちゃん」
 ドランクは祖母の墓前に跪いて、いつもと同じ様に返事の無い会話をしていた。
「二十歳になりました」
 祖母と過ごした十年、そしてそれからの孤独な十年。我ながらよく生き永らえたものだと思う。
「それから、手本にしたい人も出来ました」
 最近はスツルムという少女と共に傭兵業をしている。散々押しかけて付きまとった末に勝ち取った相棒の権利だったので、ドランクの方から単独行動を申し出た事に、スツルムは目を丸くしていた。その様子をドランクは思い出し、笑う。
 一頻り思い出し笑いをしてから視線を墓石に戻す。こんな場所にあるのに、いつも綺麗に磨かれていた。誰かが定期的に手入れをしているのだろう。
 自分ではあまり磨く必要も無いのだが、一応、死者への敬愛の印として、ドランクも持っていた布で石を軽く拭き始めた。
「あれ……?」
 何だろう、これ。
「どちら様でしょう?」
 異物に気付いたドランクがそれに手を伸ばした時、声がかけられた。慌ててそちらを振り向く。
「んなっ……!?」
「え……」
 二人は互いの姿を見て、言葉を失った。
「……はは。人間、世界に三人は瓜二つの人間が居るって聞くけど、まさか会えるとはねえ……」
 ドランクは口から飛び出そうなほど激しく鼓動する心臓を押さえ、独り言ちる。
 振り返った先に居たのは、ドランクと全く同じ――青い癖毛に金の瞳の、エルーンの青年だった。

「お父様が浮気したから夫婦仲が悪いんだ、って事は知ってたけど、隠し子が居たとは……」
 ドランクは彼の話を聞き納得した一方で、父親のクズさに呆れていた。父が別の島に出張に出かけた際に作った子供らしい。
 ドランクが家出をしたのは十五歳の時。その時彼は十四歳で、失踪したドランクの替え玉としてこの家に呼ばれたのだという。それまで碌に養育費も貰っていなかったと言うから、ドランクは益々父親に幻滅した。
 この髪の色、顔立ち、誰がどう見たってお父様の子じゃないか。誰の子かわからないから、なんて言い訳は通用しそうにない。
「一年間は病気で静養中という事にして、みっちり作法や勉強を叩きこまれましたよ」
「なんかすみません。僕の所為で」
「良いんです。母の所で暮らしていた時よりは、ずっと良い物が食べられますし」
「……その、お母さんと会えてますか?」
 あの両親の事だ。大した自由は与えていないに違いない。特に、替え玉である事がバレそうな行動は厳しく取り締まっている筈だ。
 異母弟は寂しそうに首を横に振る。
「いえ。別の島に住んでいますから。それに、お父様は母さんの病気の治療費は出してくれるって言ったんです」
 俺が大人しく兄さんの振りをしていれば。
 ぞくり、とドランクの産毛が逆立った。それは短くも浅くは無い、傭兵としての経験が無意識に警告したものだった。
 別になんて事ない口調と言葉だったじゃないか。風で冷えただけだ。ドランクはそう思い込む事にする。
「……お母様、ご病気が……」
「場末の娼婦ですから。俺ももう働きに出れる歳だったけど、流石に子供の体力じゃ生活費を稼ぐのがやっとで。一日でも長く生きてくれればって思ってましたが、そういう時にタイミング良く、ね」
「……そう……」
「でも、そうですね。もう何年も会ってないし、一目見るくらいは……」
 会いたい。その一言をきっと父親や義母には言えなかったのだろう。ドランクだって彼の立場だったら言えやしない。
 でも、ドランクには?
「兄さん、後生です」
 ドランクには、続きを聞かなくても何を言われるのか解っていた。
「一晩だけ、僕と入れ替わってくれませんか?」


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