第11章:失敗、そしてまた…

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  • 2276字

「うええ、マジかよ…」
 俺はコンピューターの中からデータを拾い出しつつ、辟易する。今は物理的にアイと俺を接続し、情報はケーブルを通じてアイへ流れ、電力は俺を中継してアイからコンピューターへと流れている。
 結論から言うと、彼等は精神の物体への定着に一度も成功していなかった。掘れども掘れども、失敗した実験のログばかり出てくる。コンピューターに残っていた情報を洗いざらい調べた所、判ったのは以下の三つだけ。
 その一、バートはあの後この装置を発表し、あらゆる賞を掻っ攫いAL社の社長にまでなった事。
 その二、精神定着装置に定着されるのは人間の精神である事。
 その三、精神の定着方法は公表されず、バートが死ぬまで彼ただ一人がその作業を行っていた事。
 つまり、この定着室や第一抽出室はバートが死ぬまで彼以外の人間は出入りしていなかったらしい。もしかしたら、地下全体がそうなのかもしれない。
 俺はかつての友が生きた人間を使い実験していたかと思うと身震いした。一方で、バートは俺を改造した当初はこっそり人間を使って実験するなんて出来なかった筈だ。だとしたら、俺のこの精神はバートから抽出されたものだ…。
 俺は一先ず感傷に浸るのをやめ、もう一台、古いタイプのコンピューターからもデータを抜き出そうとした。
 その時、地上階から爆発音の様な響きが伝わってきた。
「何でしょう!?」
「判らんがとにかく地上に出よう! 建物が崩れるとヤバイ!」
 アイと俺はコードを引っこ抜き、アイは床に置いていたサンプルを抱えてエレベータへと走る。先に俺が登り、サンプルを受け取ってからアイが自力で登ってきた。
「一階ではありませんね。何階でしょうか?」
「んなこたどうでも良い! とにかく外に出るぞ!」
 俺は新しい危険に気付いてしまった。俺達はまだ一階と地下しか見ていない。これまでに見てきた部屋の何処かで爆発が起こったなら、何かの拍子に引火性の高いガスを漏らしてしまったとか色々考えられるが、そうじゃないなら原因は何だ? 偶然俺達が帰って来たタイミングで自然に起こったとは、可能性はあるが考えにくい。
 自然と導かれる結論は唯一つ。誰かは知らないが、俺達を待ち伏せしていた人物が居るらしい。

「…良い加減、その力を移してくれないかなあ」
 老研究者が、今日も今日とて吐き出された失敗ログを見ながら話しかけた。
 部屋の奥、入り口付近方は機器や棚に隠れる場所には、病院の診察台のような物がある。手術着の様な物を着せられた暗い銀髪の人物が、マーカスが縛り付けられていた。
「良い加減、この力を封じる枷を外してくれねえかなあ」
 老研究者の真似をしてマーカスは言う。老人は笑って彼を見下ろした。
「ついぞ助けは来なかったな」
「良いんじゃねえか? お前はもう直ぐ死ぬ」
 すっかり年老いたアルバートとは対照的に、数十年前にこの地に降り立った当時のままの姿をしたマーカスが勝ち誇った表情を見せた。
「お前は自分の力や魂を分割して物質に安定的に保存する方法は確立させたが、結局、自分の力の及ばない他者のものをどうこうする事は出来なかった! お前が死ねば、力は新しい宿り主を探し始める」
「…この研究は部下に引き継がせるよ。君を拘束している装置も動かし続けるし」
「宿り主無しの状態でどれだけ力が持つかどうか。上手くやれば千年くらい持った記録はあるが、適切なメンテナンスをやってても大分力は失われていた様だし、じきに俺の力の方が勝つ。尤も、近くに適合者が居なけりゃ、最悪俺に取り憑くと思うけど?」
 アルバートは顔を強張らせた。近くにあった椅子を手繰り寄せて腰を下ろす。
「二つの力が一つの肉体に同居?」
「一時的には可能だという事が愚者によって示されてる。ま、あくまで片方の力が宿り主を失った状態での話だ」
「…君、僕を騙してるね?」
 今度はマーカスが苦笑した。
「『じきに俺の力の方が勝つ』…そもそも僕の拘束装置[力の一部]と、君の全力だったら、今でも君はその装置を壊して逃げられると思うんだけど」
「………」
「この装置は君の力を封じてなんかいなかったんだな、最初から」
 アルバートはマーカスの寝かされた台の下に置かれた大きな箱状の物を蹴飛ばし、気分を害したように立ち上がる。マーカスは、ただ自分が闘争の賢者として戦場に赴くのが嫌で、大人しく拘束されていたのだ。きっとこの先も、書物に見咎められない内は、拘束され続けるつもりだろう。
 自分の技術の方が優っている、と勘違いしていたアルバートを心の中で嘲笑いながら。
 アルバートの方も薄々は気付いていた。度重なる失敗に苛立ち、マーカスを殺してやろうか、とも、幾度か考えた。しかし、もしそれでも失敗したら、自分は貴重な実験体を、書物の力を失ってしまう。
 だが、自分はもうすぐ老衰で死ぬ。妻にも先立たれていて悔いは無い。いっそ、この手で憎たらしい口を利くこいつの喉を…。
 そこまで考えて、アルバートはマーカスに背を向けた。
「…僕がこの実験室をタダで誰かに譲ると思った?」
「?」
「息子達への遺産を少しでも増やす為に、僕はこの会社に売ったのさ。全てのデータ…賢者や書物に関する部分の情報を除いた、全てのデータと一緒にね」
 そして彼は部屋を出て行く。ロックが掛けられた音と共に、部屋には無音の闇が下りた。
「息子ねえ…」
 ヴィクトーは自由に動かせる範囲で自分を拘束する機器を弄り始めた。勿論、逃げようと思っている訳ではない。単に癖になってしまったのだ。
「ま、書物に関する事を一般人には隠したのは、賢明な判断か?」

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