第5章:失踪者

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  • 2800字

「キョー。夏目も。何してんの?」
 玉緒ちゃんが駆け寄りながら尋ねた。男子生徒の方は、見覚えが無いので違うクラスの様だが、玉緒ちゃんが呼び捨てにしているあたり、友人か何かなのだろう。
「何でも無いよ」
 中原さんは玉緒ちゃんに気付くと、さっと姿勢を正して、ナツメと呼ばれた男の子も彼女の肩から手をどけた。
 何だろう、あまりそういうイメージじゃないけど、二人の世界、みたいな感じだったのかな。
 だったらタイミングが悪かったなと私は思ったけど、玉緒ちゃんは気にしていない。それよりも、気にかかる事があったからだ。
「ホンマに? 顔色悪いで? まさか夏目、キョーに変な事…」
「する訳無いやろボケ、こんな色気のない奴に…」
「あんたは一言余計やねん!」
 中原さんが途中でナツメの顎を下から殴り、二人を黙らせる。
「ごめん玉緒、ちょっと重要な事を思い出した。うち先帰るわ」
「え、うちらももう帰れるけど? …いや、ええよ、解った」
 幼馴染みの勘だろうか、玉緒ちゃんは一緒に帰ろうとしたが、直ぐに中原さんを解放した。私は当然凄く気になったが、しゃしゃり出る程図々しくは無いつもりだ。
 階段を降りていく中原さんの後ろを、ごく自然にナツメが付いて行ったが、まあ、そういう仲なのだと思っておこう。
「どうする玉緒ちゃん?」
「んーどうしよねえ。キョーはうちらがサイコについて嗅ぎ回ってんの良く思ってないみたいやから、キョーの[]らん今の内に色々調べとく方が良いとは思うけど…心配やな」
「後付ける?」
 私が言うと玉緒ちゃんはケラケラ笑った。
「アリスちゃんおもろいわー。ま、とりあえず、場所移動しよ。アリスちゃん学校の中もう全部見て回った?」
 そう言って玉緒ちゃんは私の背中を押して、渡り廊下から北館へと移動した。
「転校してくる前に一応先生とは一通り。でもあんまり覚えてない」
「それやったら、色々七不思議的な物が隠れてないか探すついでに、うちともっぺん回ろや。何か今日用事ある?」
「ううん、別に」
「ほな手始めに北館四階からやー」
 言って廊下の角を曲がる時、玉緒ちゃんは渡り廊下を見た。中原さんが真っ蒼な顔で立っていた、何の変哲も無い壁の付近を。しかし直ぐに首を横に振って私に笑いかける。
「今日は暑いしな、キョーは貧血かなんかやろ。あ、今のシャレとちゃうで」

「あんた部活は?」
 夏目が後ろを付いて来ている事は知っていた。
「お前が一緒に来てくれ言うた時点で遅刻やし、めんどくさいから今日は休む言うたんや」
 夏目は一見、日に焼けてスポーツマンの様に見えるが、実際は単に色黒なだけで部活は文化系の王道・書道部である。元々、進学校なので、熱心にやっている部活もそう多くない。
「ふーん」
 夏目の家は私の家の斜め向かい。当然、家まで一緒に帰る事になる。
「どうしたんや、お前、さっきから顔ヤバイで」
 それはそうだろう。私はある事に気付いて驚愕していた。何故今まで気付かなかったのか不思議だ。恐らく、サイコの記憶が曖昧になっているだけだろうと思っていたのだ。
 だが、さっきあの場所で、再度彼女の記憶が流れ込んで来た時、私は信じられない現象が彼女の身に起こった事を知った。
「夏目」
「何?」
 今日も電車は座れない。満員とは言わないが、かなり狭苦しさを感じる程度には混んでいた。私はいつもと同じ様にドアの横、座席に背を向ける様にして立ち、夏目の右手は座席横のポールを掴み、左手は私の顔の横のドアのガラスに突いていた。ただでさえ距離が近いのに、必然的に向かい合う体勢なので、視線のやり場に困りながら質問する。
「テレポーテーションって信じる?」
「俺はお前等が『在る』言うもんは信じる事にしてるけど?」
 サクや私が「そこに霊が居る」と言えば信じるという意味だ。
「それは昔お前か誰か忘れたけど『無い』言うとったやろ」
「うん、無いよ。少なくともうちらの力にそういう能力は無い」
 じゃああれは何だったんだろう。
「?」
 思わず夏目の腕を掴んでしまった。
「どないしてんホンマに気分悪いんか? 何かくっついて来よったんか?」
 私は俯いて、震えながらも首を横に振った。違うのだ。怖いのはサイコではない。
「サイコ…あれ…自殺とちゃうわ…」
 私の言葉は小さかったから、この混雑している車内、顔を近付けている夏目にしか聞こえなかっただろう。
「どういう事や」
「詳しくはサク帰って来てから説明する。あかんあれは。あれは。あかん」
「あかんだけじゃ何があかんのか解らんし」
 夏目の声も震え出した。当然だろう。夏目には霊感が無い。どんなに霊的な危険が目の前に迫っていても、私達が警告しなければ逃げる事も出来ない。私が対処不能と判断した危険に対して、恐怖心を煽られない筈が無い。
「サイコ、壁通り抜けて外にテレポーテーションして、落ちた」

「サイコ? ああ、昨日光がやってた仕事? 何、封印解けちゃったのあれ」
 サクが帰って来てから、私達兄妹三人と、今日は定休日の母親、そして、私達に付いて来ると言って聞かない夏目の五人は、私の家で夕食を食べていた。
「お母さんもあそこの卒業生やろ? 何か知らんの?」
「知らんわ。三年前にも同じ話して知らん言うたやろ?」
 と言う母の証言から、少なくとも二十年以上前は、サイコの噂と言うのは無かったらしい。
「在学中に誰か死んだって話も聞かんし、よう解らんよなあその依頼」
 母の言葉にサクが頷く。
「でも同じ名前の転校生がおったんやろ?」
 サクの言葉に私は顔を上げた。初耳である。
「まあね。でも、噂みたいな子とちゃうかったで。美人で明るくて、皆にちやほやされとった」
 母が煮物を突いていた箸を止め、此処で一つ、溜息を吐く。
「でも、卒業した後、一回も同窓会とか来た事あらへんかったわ…何処で何しとるんやろって、思っとったら、何や失踪しとったらしくて、今は失踪宣告で死んだ事になってる」
 夏目が飲み込もうとしたご飯を喉に詰めたらしく、噎せながら慌てて茶を飲んだ。
「失踪っすか?」
「そや。けど、あくまで失踪や。その『サイコ』の噂みたいに校内で自殺したとか、ましてや虐められてた訳でもないし…たまたま同じ名前なだけやろ、とお母さんは思う」
「でもさ、失踪やったらニュースになるんとちゃうん?」
 明日香が尋ねる。
「事件性のあるやつはな。大人が勝手に居らんようなっても、そんな大きく騒がれへんで。年間何人が樹海で迷って死んでると思う? 一々騒いでないやろ?」
「って事は、置き手紙でもあったんかな、居なくなる前」
 サクが「ごちそうさま」と小さく手を合わせた。
「さあ…お母さんもそこまで知らんわ。特に仲良かった訳ちゃうし、大分経ってから同級生伝いに聞いた話やし」
「一応その人の名前訊いて良い?」
 母は味噌汁を一口飲んで、答えた。
「五十嵐彩子や。イガラシは普通の五十嵐、サイコは水彩の彩に今日子の子」

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