第11章:存在しない少女

  • PG12
  • 3258字

「深森? 知らないなあ」
「うちのクラスじゃないよね?」「うん」
「深澤の間違いじゃなくて? まあ、下の名前も違うけど」
「どういう事だ?」
 一組から八組まで、一年のクラス全てに休み時間に手分けして聞き込みに行った所で勇は頭を抱えた。
「なんでどのクラスにも居ないんだよ?」
 今は昼休み。今日は隼は次の時間が体育なので居ない。階段には嬢と、嬢の手作り弁当を膝に乗せた勇だけが居た。
『知らないよ。ただ…』
 隼は更衣室で着替えながら勇と通話している。スピーカーモードにしているので嬢にもその声は聞こえていた。
「ただ?」
『オレ、正直霧子の事あんまり記憶に無いんだよね』
「?」
『同じ幼稚園だったんだからさあ、もっと遊んだ記憶とかあってもおかしくなさそうなんだけど、何度か勇と一緒に居るのを見た光景しか頭に浮かばなくて』
「そりゃキリコは体が弱かったからな」
 勇は再び箸を取り、形の良い卵焼きを頬張ってから続けた。
「俺は近所だったからよく家に遊びに行ってたけど、幼稚園にはたまにしか行ってなかったと思う」
「よく覚えてるね」
「うん」
 嬢が嫌味を言ったのにも気付かず、勇は「ごちそうさま」と言って包んだ弁当箱を嬢に返した。
「弁当、別に作って来なくても良いぞ」
 予鈴が鳴り、教室に向かう道すがら言われる。
「目にクマ出来てるし」
 嬢の家は高校から電車で二時間近くかかる所にある。学校の始業に間に合うように家族の弁当を作るだけでも大変だろうし、このまま甘えていてはいけないと勇は思っていた。
 それに、嬢は自分に親切すぎやしないだろうか? 今はもう感じないが、最初に彼女を見た時の不気味な感覚の事も気になっていた。
「あ、それなんだけど、私も言おうと思ってた」
 嬢は好意を拒絶されたとは微塵も思わずに返す。
「来週ママ帰ってくるの。そしたらママが料理とかやってくれる筈だから、私お弁当作らなくなっちゃうんだ」

 勇は授業中、先生の話を右の耳から左の耳へと流しながら、窓の外を見ていた。隣の校舎の教室で、二年生が授業を受けているのが見える。
 窓際から二番目の列に座る少女が、板書を取る為に顔を上げた。
(!?)
 その顔を見た勇は思わず立ち上がりそうになった。何事かと嬢を含めた周囲の生徒が彼を振り返ったが、勇は何でもないふりを装う。
 霧子だった。
(そうか…一つ上だったんだ…)
 確かに全て辻褄が合う。一年生の名簿や教室に居なかったのは当たり前だし、隼が霧子の事を詳しく知らなくても無理は無い。生徒手帳や制服がまだ綺麗だったのは、単に物持ちが良いのか、今でも病弱で殆ど学校に来れていなかったのだとしたら自然だ。
 勇は自分の記憶が曖昧な所為で遠回りした事にイライラした。その時間の授業が終わると、勇は待ってましたとばかりに二年生の校舎へと走る。
 途中で、どうして自分はこんなにも霧子に会いたいのだろうかと疑問に思った。同じ学校の生徒だし、家だってそう遠くない場所だ。今日、ましてや短い休み時間なんかに会いに行かなくたって…。
 そう考えているうちに霧子のクラスの前に来ていた。二年一組。勇は息を深く吸い込み、引き戸を開けた。
「深森霧子さん居ますか」
「勇ちゃん」
 名前を呼ばれて、次の授業の準備をしていた霧子が立ち上がる。黒板の横で話していた女生徒に「知り合い?」と尋ねられ、霧子は「幼馴染」と返した。
「どうしたの? 急用?」
「いや…」
 間近で彼女の顔を見て勇はホッとする。カールさせたボブの毛先を揺らし、霧子は首を傾げた。
「この前連絡先訊き忘れたと思って…クラスがやっと解ったから忘れない内に来ただけ」
 勇と霧子は互いの携帯端末を取り出してアドレスを交換する。一先ず満足した勇は「それじゃ」と踵を返そうとした。
「勇ちゃん」
 しかし霧子は引き止める。
「今度家に来ない? パパとママも懐かしがると思うの」

 放課後、嬢は図書室でスタイラスペンを上唇と鼻の間に挟んで拗ねた顔をしていた。
 隣で電子書籍を眺めている隼も、嬢と二人きりだというのにあまり楽しそうではない。
 理由は、勇が突然、霧子の家に行くと言って、今日の放課後ミーティングをドタキャンしたからである。予定では、嬢の父が携わっていた研究についての知識を付ける為、図書館で調べ物をするつもりだった。
「女の子にうつつ抜かして、手伝う気あるのかな、あいつ」
 内心人の事は言えないのだが、隼は嬢の気持ちを代弁する。
「まあ、無報酬で手伝ってもらってるんだし、参加は任意だけど、瀬良君が言いだしっぺなのにねえ…」
 嬢は隼のモニターを覗き込んだ。何だか難しい事がつらつらと書いてある。
「真田教授は平成時代のスペシャリストだったんだね。意外」
「どうして?」
「だって、嬢ちゃんは昭和スタイルが好きだから、てっきり昭和時代を研究してるのかと」
 ぱっつん前髪のおかっぱにカチューシャという昭和時代の女の子が親にされてそうな髪型の嬢を見れば、私服でもどんな格好をしているか、これまで数々の美少女データを整理してきた隼には大体分かる。
「これは私が昭和の少女漫画が好きなだけ。パパは急速に情報社会化した二十世紀後半から二千年代にかけてが好きで、研究テーマにしたんだって」
 とは言え、今、隼が広げているような資料は難しすぎて嬢にはさっぱりだ。平安時代なら、任せろ! と言いたい所だが。
「でもさあ、平成時代っていろんな情報が電子化して長期保存できるようになった時代だし、建物だってニーズに合わせて作っては壊し…っていうのが当たり前になった時代だから、遺跡って殆ど無いみたいだね」
 隼が自分の中学までに習った記憶と、モニターに映している情報とを組み合わせながら嬢に話す。
「うん。だけど『手付かずの土地』も沢山残ってた」
 嬢は自分の席のモニターをペンでなぞる。日本地図を取り出して、西日本のある場所を指した。
「この辺の山にね、パパは遺跡を掘りに行ってた」
 隼はそれを見て目を丸くする。
「此処って…」
 日本の本州が半島と二手に分かれ、幾つかの大きな島を抱きかかえるようになっている場所。今、嬢達が居る場所より、数十キロ南の地点。
 怪訝そうな顔の隼をもっと困らせるかのように、嬢は地図をズームする。表示を現在の地図から五百年前の地図に切り替え、ある大学の敷地内の一角を指し示した。
「大学の敷地内?」
「そう。この山、大学の一部なんだけど、昔、天皇様がこの地を訪れたとか何とかの碑が立ってて、その周りはずっと手付かずだったんだって」
「でも人は沢山居そうだし、大学内ならちゃんと管理されてたんじゃ?」
 住宅街に囲まれたそこを訝しげに隼は見詰めたままだ。
「大学があった頃は殆ど人が踏み入れない場所だったみたい。大学が移転してもこの場所は国有地のままで、十年程前に漸く民間に売ろうって事になって、ちょっとは綺麗にしようと人が入った。その時に何だか変な物が見つかって、急遽パパが呼ばれたってワケ」
「でも、どうして平成時代だって判ったの?」
 隼は自分のモニターに戻った。例の碑について調べているらしい。五秒後に手を止めて続ける。
「この碑、平成よりももっと前のじゃん」
「問題があったのは碑そのものじゃなくて、近くに埋まってた物なんだって」
 嬢は何か情報は無いかと思って探してみたが、調査・研究段階の遺跡なので父は情報をあまり公開していないらしく、ネットや図書館のデータベースからは何も見付からなかった。
「私も詳しくは知らないんだけど」
 隼に顔を近付け、囁き声で言う。
「本当の所はいつの時代の物か判らないんだって。でも、見た感じ人の手で作られたようには見えないし、でも大学が移転してからは立ち入り禁止区域になってたから、少なくとも移転する前の昭和か平成前後の物なんじゃないかって事で、パパに仕事が回ってきたの」
「へえ」
 隼は目を輝かせた。
「見てみたいなあ、どんなの?」
 その問いに嬢は表情を曇らせる。
「それが…」
「?」
「文隆おじさんが盗んだの、それそのものなんだよね…」

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