第8章:宴を抜け出して

  • PG12
  • 3234字

 フェリックスは会場に行くと滂沱している車椅子の老人にギョッとした。
「こんな老いぼれを呼んでくださるとは、殿下が思いやりの持てる人間に育ってくださって、爺は感激でございます」
 そして盛大に鼻をかむ。ティムはとても「本来呼ぶ予定の客が来れないらしいから呼んだ」とは言えない顔をしていた。
 暫くするとブルーナも遅れて到着する。彼女は明るい水色のパーティードレスを来ていた。昨日フェリックスの実家で仕立ててもらったばかりの物だ。
「似合うね」
 号泣するティムの老いたお目付け役と、それに辟易する本人の事は視界の外に追いやって、暫し若い頃の様なテンションで会話してみる。
「フェリックスも格好良いわよ」
「はいちょっと失礼」
 が、間も無くしてやって来たヴィクトーに中断された。
「いちゃいちゃするのは良いけど入口でやらんでくれ」
「お、それ正規の軍服?」
「そうやってみると中佐らしいじゃない」
 フェリックス達は特に気分を害した様子も無く、彼の着ている服に注目する。なに、この夫婦は今でもしょっちゅうこんな感じなのだ。
「まあね」
 一応、国城でのパーティーとなれば正装して行くべきだろうと、箪笥の奥から引っ張り出してきたのだ。いつも着ている管理官の制服はグレーだが、特別な式典の時等に着る軍服は黒く、彼の階級を示すバッジ等が胸や肩にキラキラしている。流石に必要無いだろうと思い、装飾用の剣や銃器の類は置いてきたが。
「ルークリシャちゃんも可愛いじゃない」
「そ、そうですか?」
 ヴィクトーの後ろに隠れていたルークリシャが、もじもじと姿を現す。ルークリシャはこういったパーティーに着て行けそうなドレスは持っていなかったので、出来るだけ上品そうなブラウスとスカートを選んで来た。
「もう揃ってるわね」
 廊下の向こうから深紅のドレスを身に纏った女王が歩いてきた。それを見たルークリシャは、自分の格好がまた恥ずかしくなり、再びヴィクトーの影へ。
「他に客は?」
「居ないわよ。私の誕生パーティーは国を挙げて盛大にやるけどね。さ、」
 そう言ってドロシーはヴィクトーの後ろのルークリシャの手を引いた。
「ホームパーティだと思って楽しみましょう」

「爺はそこで申し上げたのです! お若い頃の国王陛下に!」
 二時間後、すっかり宴も[たけなわ]になっていた。酔った爺がこれまでの人生を語り出し、ルークリシャとドロシーが興味津々で聴いている。
 ブルーナはたまには相手を変えて、ヴィクトーと音楽に合わせて踊ったりしていた。ブルーナが足を踏んでばかりだった。
 そして残る二人は、デザートを前に、飲み物を片手にテーブルを挟んで話していた。
「そろそろ本題に入らないの?」
 フェリックスが度数の高い酒を一口飲んでそう言った。ブルーナ程強くないが、まだ酔ってはいない。
 ティムは酒が飲めないので、フルーツを絞ったジュースを飲んで返す。
「楽しそうだからな。終わった後でも良いかと思った」
 フェリックスは口の端を少し上げる。
「奥さんは他の男と楽しそうに踊ってるし、俺はもう良いよ」
 冗談ともそうでないとも取れない口調で言うと、その紅の瞳で、同じく赤い眼のティムを見る。ティムは元々、どんちゃん騒ぎは得意ではない。どうやって騒げば良いのか、そもそもそれが楽しいのかを知らないからだが、そういう彼の性格を知っていてフェリックスは言っている。早く切り上げて本題に入る方がティムにとっては気が楽だろう。
「では」
 ティムは[おもむろ]に立ち上がると、フィリックスを連れて外に出た。
「…心当たりが有る」
 廊下を歩きながらティムはそう切り出した。修飾辞がかなり不足していたが、フェリックスは彼の不老についての事だろうと当てをつけて続きを促す。
「というより、やって来た」
「何が?」
 流石に訳が解らなくなってフェリックスは問う。心当りがやって来たとはどう意味だろう。
 ティムは答えずに、ある一つの部屋の扉を開ける。彼の寝室だった。
「一緒に寝てないの?」
 部屋はどう見ても夫婦の部屋というより単身者のものだった。フェリックスの問いに、ティムは棚の中から何か布に包まれた物を出しながら答える。
「自分がこんな体で、子供に何かあったら困る」
 万が一にも子供が出来てほしくないという意思表示なのだろうか。
「それに…」
 ティムは辞典のような大きさの何かを机に置くと、フェリックスを振り向いた。
「信じられないかもしれないが…私は直に接触した人間の思考が読めてしまうのでな」
 フェリックスは信じたのか、信じはしないが話を合わせてやるつもりなのか判断できない調子で言う。
「それなら、俺も人に話すのは初めてだけど、動物と話せるよ」
「いずれにせよ、私も貴方も人間ではない可能性が高いな」
「え?」
「または、選ばれし人間か」
 そう言うとティムは例の物体を包んでいた布を剥ぎ取った。

『ヴィクトー・ラザフォード』
 そろそろ踊り疲れたらしいブルーナをダンスから解放してやり、次は辛気臭い爺さんの話に付き合わされているルークリシャに相手をしてもらおうと思ったヴィクトーは、誰かに名前を呼ばれた気がして動きを止めた。
(誰だよ、俺の事昔の名前で呼ぶ奴は)
 驚いて会場を見回したが、相変わらずこれまでの人生について語っているティムの恩師と、その相手をしている二人、その輪に入ろうとしているブルーナの他は、楽器を奏でている宮廷音楽家と食器を片付けている使用人達しか居なかった。ヴィクトーを、隣国の中佐を呼び捨てにするような人物は居ない。
「おい、フェリックス達は?」
 気の所為だと結論付け、ヴィクトーはドロシーに尋ねる。
「さっき二人して出て行ったわ。疲れたのかもしれないし、二人きりで話したい事があるのかもね」
(そういや何か話したい事があるって言ってたな)
 ドロシーにティムの行きそうな場所、即ち彼の部屋の場所を教えてもらうと、ルークリシャを彼女達に任せてそちらに向かった。ブルーナは、
「フェリックスだけ連れて行ったんなら、多分私を呼んだのは夫婦だから仕方無く、でしょ」
と拗ねて淡白な事を言って会場に残った。正直な所、踊りすぎて疲れたのだろう。彼女の体力を考えて加減してやれば良かったとヴィクトーは反省する。
 彼の部屋らしき扉の前に着くと、ヴィクトーは耳を澄ませた。中からフェリックスの声がする。
「何だこれ?」
 それを確認するとヴィクトーはノックをした。ティムから「入れ」との指示。
「なんだよ仲良く逢引か?」
「貴方はまだ楽しそうに踊っていたではないか」
 言いながらティムは机を指す。フェリックスがヴィクトーの為に少し脇に避けた。
「これ、何だと思う?」
 先程ティムから自分がされた質問を繰り返しながら。
 そこには、黒くて四角い何かがあった。ただそれだけの物だったが、逆にそれが不気味だった。
 まず、これが真の黒体なのではないかと思うくらい、真っ黒だった。光沢が無いばかりか、あらゆる光を一切反射しないので、机に落ちた影を見なければ、ヴィクトーにはそれが直方体をしている事すら判らなかった。
「ある日突然、目覚めたら枕元にあった。私の部屋は寝る時は鍵をかけるし、合鍵も無い。あらゆる事を調べさせたが、判った事は、黒体放射以外の可視光・赤外線・放射線のいずれも放射・透過しない事、それから各辺の長さが黄金比になっているという事だけだ」
 ティムは珍しく長々と一気に話すと黙り込む。
「要は密室に突如現れた謎の物体だと」
「全ての光を吸収する物体なんて…」
 ヴィクトーとフェリックスがそれぞれに驚いた。
「魔法で誰かが送り付けてきた可能性は?」
「あるかもしれないが、何故だがそうではない気がする。それに、目的が解らない」
「触っても平気なのか?」
 興味津々にヴィクトーが近付く。ティムは止めはしなかった。
「気味悪がって誰も触らないが、危険物ではなさそうだ」
 その言葉に安心したヴィクトーは、勇気を出してそっとその表面に触れた。

『創呪擦罪 骨肉相噛』がアマプラで聴ける事ご存知でした?
私は知りませんでした。