第6章:寝た子を起こしたベンジーちゃん

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  • 7364字


「今好きな相手への不満を募らせる紙……」
 翌朝、僕達は再び山に入る準備をしていた。談話室の隅で、アオイドスがレイピアを磨きながら、ぶつぶつ呟いている。
「進む先を惑わせる、森の中で拾った何か……」
 今回のメンバーは、僕とスツルム殿、アオイドス、ユーステス君、団長さんとルリアちゃん、それからフェリちゃん。ラカムには僕達が降りた後、騎空艇を山から少し離してもらう。バレンティンとジャスティン君には、何かあった時に僕達と騎空艇の間で少しでも早く連絡を取る為に、山の麓に待機してもらう。まあ、くしゃみが酷くなる一方なのに、ついて行くと聞かないジャスティン君を宥める為の、妥協案だけどね。
「過去を見せたのは、燃やした枝か何かか?」
 テーブルの向かい側から聞こえた言葉に、ついお喋りしてしまう。
「そう思うと、幻覚作用がある植物って沢山あるもんだねえ。僕も昔、庭に咲いてる花の葉っぱを食べたら、色々な物を見て暴れ回ったらしい」
 昨日幻覚から醒める直前に、夢の中の医者がそう説明していた。幻覚症状、記憶喪失、異常行動は、僕が食べた花の毒の効果の代表的なものだそうだ。まだ何か医者は言っていたけど、途中で目覚めてしまった。
「紫陽花か?」
「いや、朝顔みたいなやつ」
「ダチュラだな」
 どうしてそんな物を食べたのか、とかは訊かないんだ。やっぱり変わってるな、この人。
「そういえば、昨日アカイドスがジータを抱き締めていたぞ」
 声のトーンを落とされて伝えられた情報に、僕も小さな声で驚く。
「えぇ!? 結局僕達何もしてないのに?」
「自然と惹かれ合って関係が深まるなら良い事だ」
「まあ、そうだね」
 僕も宝珠を磨く。ぶつぶつ言っていた声が途切れたので、顔を上げた。
「どうかした?」
「おかしい」
 アオイドスはレイピアを置き、机に肘をついた。
「皆は過去の思い出を見たんだ。なのにどうして彼女は……」
「もしもーし? 考えてる事、僕にも聴かせてもらえる?」
 アオイドスは椅子に座り直して僕を見た。
「昨夜、自分が何を見て、ベアトリクスに何と言っていたか覚えているか?」
「え、ああ、うん。彼女のお姉さん……僕の婚約者と錯覚してね。昔よく作っていた冠をあげたみたいだ」
 今朝、食堂のゴミ箱に、粉々に砕けたそれを確認した。ベアトリクスは部屋から出て来ないみたいだけど、また彼女の目に入らない内に魔法を解いて融かしておいた。
「君は思い出を見た。だが彼女は何と言っていたか、わかるか?」
「ごめん、イオちゃんから聞いた気もするけど覚えてない」
「ベアトリクスは『お兄ちゃんは私を選んでくれた』と言っていた」
 僕は怪訝な顔をして、アオイドスの硝子細工の様な顔を見る。お兄ちゃん、というのは僕の昔の呼び名だからともかく。
「僕が彼女を選んだ事は、一度も無い……」
 実際、エリザベスの生前は、僕はあの冠はエリザベスにしか作らなかったのだ。代わりにベアトリクスには、本物の花冠を作ってやっていた。
「やはりそうか。彼女だけは『過去ではない何か』を見たんだ。それで深く傷ついて、まだ部屋から出て来れないのだろう」
「…………」
「すまない。これから調査という時に、気が散る話をしてしまったな」
「構わないよ。聴かせてくれって言ったのは僕だし」
 騎空艇が止まる。山の裏側に着いたようだ。
「よし! それじゃあリベンジと洒落込みますか!」
 僕は宝珠を腰のポーチにしまうと、しっかりとバンダナで鼻と口を覆った。


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