第6章:寝た子を起こしたベンジーちゃん

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  • 7364字

 お兄ちゃんは姉さんの事が好きだった。そんな事は、子供の私の目にも明白だった。
 姉さんは私以上に奔放で、両親にも、お兄ちゃんの付き添いでやって来る向こうの家の人にも、よく叱られていた。曲がりなりにも貴族の令嬢なんだからもっと慎みなさい。悪い遊びにお兄ちゃんの事を巻き込んではいけません、って。
 でもお兄ちゃんには姉さんが必要だったんだ。お兄ちゃんは、一人では貴族社会の習わしという檻から出られない人だったから。口では嫌だ、やめよう、と言いながら、いつも最終的には姉さんの手を取った。
 私は私で、恋愛や結婚なんてちゃんとわかっていなかった。ただ、よく遊びに来る年上の綺麗な男の子と仲良くなれば、その人のお嫁さんになれるのだと聞いて、幼心がくすぐられた。お兄ちゃんは年上なだけあって落ち着いていて物知りだったし、子供の私に冷たく当たる人でもなかったから、自然と懐いてしまった。
 でも、お兄ちゃんは絶対に私よりも姉さんを優先した。
 私がわざわざ屋敷の入り口まで行って出迎えても、手の甲にキスをする順番は必ず姉さんが先だった。どんなに強請っても、あの綺麗な氷のティアラは、私には作ってくれなかった。
 お兄ちゃんの中には、私達が年頃になったら、なんて時間の猶予は必要無くて、はっきりとした答えがあった。それが悔しかった。生来の負けず嫌いに、かなり辛い思いをした。
 でも、もうそれも昔の事。姉さんはもう居ないし、お兄ちゃんも名前を捨ててしまっていた。
 ……だから何? 私は生き残った。絶対的な存在だった姉さんは死んだ。
 そしてお兄ちゃんは、やっと私にも氷のティアラを作ってくれた。
 ゼロが一に変わったんだ。これから二にも、十にも、百にもできるよ、きっと。
 お兄ちゃんが私を選んでくれさえすれば。失ってしまった人達は戻ってこないけど、また家族を増やす事はできる。

「あら、何処に行くの、ベアトリクス」
 ロゼッタが声をかけたのを聞いて、俺は廊下を見た。剣を杖の様にして食堂の前まで歩いて来たらしいベアトリクスと、優しい表情に厳しさを裏打ちしたロゼッタが向かい合っている。
「どいてくれ、ロゼッタ」
「駄目よ。そのポケットの中身を渡してくれるなら、良いけど」
 ベアトリクスはなんとか両足で立つと、剣を抜いた。何事かと食堂に居た面子がざわつく。
「おいおい待て待て。どうしたんだよ」
 思わず間に入っていた。ベアトリクスは切っ先を下げない。
「ラカム……お前は見なかったのか?」
「何をだ?」
「理想の未来だ!」
 昨日の幻覚の事か?
「未来? いや、俺は昔の事を見たが……」
「もう少しで手に入るんだ! もう少しで!」
 様子が変だ。いや、昨夜も癇癪起こしたりして凄かったらしいが。とにかく。
「剣を下ろせ、ベアトリクス。さもないと俺も抜く事になるぞ。グランサイファーの中でドンパチやるのも、お前の別嬪の顔に傷付けるのも気が進まねえけどよ」
「ラカム」
 ロゼッタが俺に耳打ちした。
「彼女、星晶獣の影響を受けてるわ。ズボンのポケットの中に欠片が入ってる」
「欠片だと?」
「そこをどけえーーーー!!」
 ベアトリクスが斬りかかってくる。俺達は軽く避けると、後ろから動きを拘束した。足を怪我してくれてて助かったぜ。
「誰でも良い! バレンティン達に緊急信号送ってくれ!」

「む?」
「どうかしましたか?」
 バレンティンを振り返ると、僕の目にもグランサイファーの窓が規則的に光っているのが見えた。
「異常事態……艇から?」
「まあ、まだ錯乱状態のお嬢さんが居ましたしね。戻りますか」
「やけにあっさりしてるな」
 なんとなくムカついたので、バレンティンの脚を蹴飛ばす。気持ちの悪い声を出して、豚が喜んでしまったので逆効果だった。
「山の方にはベンジャミンが行っているんですよ。騎空団の豚共みたいなへまはしませんよ」
「ベンジャミンも俺達も騎空団員だぞ」
 今度は背中をどつく。また愉しませてしまった……。
「『青い髪のエルーン』も、流石に二日連続で罠にはまる馬鹿ではないでしょう」
「まだ根に持ってるのか、獲物を先取りされた事」
「五月蝿いですね。そんな下手こくような奴に負けたと思いたくないじゃないですか」
 僕は足を速める。バレンティンはやっと黙って、それについてきた。


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