第6章:寝た子を起こしたベンジーちゃん

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  • 7364字

 全てが腑に落ちた。僕は死にたかったんじゃない。ただ悲しかったのだ。
 お婆ちゃんは死んでしまった。エリザベスもベアトリクスも死んでしまったのだと思っていたから、自分も死ねば天国で会えるのではと閃いた。結局僕が解放してしまったのは、魂ではなくてある一定期間の記憶だったけど。
 だから考えたのだ。感情を失っていた時期に、相手の言動からその気持ちを推測した様に、僕は僕の状態を観察して、抜け落ちてしまった記憶を補完しようとした。覚えていないだけで、きっと何回も何回もそうしたのだろう。毒の効果が完全に消えるまで。
 どうして家に居ないんだろう。此処は何処だ? 僕の住んでいた島にこんな大きな街は無い。誘拐された? ……でも、ちゃんと外出着を着てるし、鞄も持っている。犯人らしき人物も居ない。
 それから、はっきりとした事は思い出せないけど、この世から消えてしまいたいような、そんな生きづらさを抱えていたのは、覚えている。
 多分、何か厭になって家出したんだな、きっと。持っていた鞄には、着替えや洗面道具、そして幾らかお金も入っていたし。でも、どうやってあの屋敷から抜け出したのかは全然わからない……。
 思い出そうとして、空を見上げる。世界が暗い。
 あの時は心細さもあって、妙に薄暗く見える視界が余計に僕を不安にさせた。今となっては、毒で開いていた瞳孔が正常に戻って、そう錯覚していただけだと解るけど。
 結局僕は間違った推測をした。僕は絶望に追われて此処に来たのだと思った。一人で生きていくのに必死で、だんだんと理由を気にする事もなくなっていった。
 全部自分の所為だった。自分の殻に閉じこもったのも、死に逃げようとしたのも。自分で自分を不幸だと決めつけていた。だからそこからはもう、堕ちていくしかなかったんだ。
 本当は、光の中に希望を見た気がして、一歩踏み出したというのに。
 そしてその光を僕は、彼女の瞳の中に――

「……これどういう状況?」
 最後まで見て、目覚めた僕が目にしたのは、何やら木の形をした化け物と、それに向かって歌っているアオイドスの姿だった。息苦しいからか、マスクを外している。
「最後まで見れたか?」
「スツルム殿。うん、まあ。いやだからこれどういう状況?」
「ドランクさんが寝てる間暇だからって、アオイドスさんが一曲披露してくれてたんですけど……」
「何だか知らないけど、それで星晶獣が目覚めちゃったみたい」
 ルリアちゃんと団長さんがそれぞれ説明してくれる。
「なるほど」
 いや、全然なるほどじゃないけどね。アオイドスは星晶獣を睨み付ける様にして歌い続けてるし。ユーステス君とスツルム殿も、膠着状態に見えるこの状況に当惑しているようだ。
『……若者よ』
 星晶獣が話し始めた。アオイドスはまだ歌っている。残虐三兄弟時代の曲だ。
『それは汝が消し去りたい過去ではないのか』
「違うな」
 やっと歌うのをやめて、答える。なんだろう、もしかしてアオイドスは何かに思い当たっているのかな。
『今の自分には満足していないだろう』
「それはそうだな」
 ああ、なるほど、そういう事か。彼も本当はあの札の影響を受けていたのに、黙ってたんだ。操られずにいた事もすごいし、食えない人だなあ。狂人っていうか強靭だよ。
『では何故私の力を欲しない』
「簡単な事さ」
 不敵な笑みが、この世のものとは思えない美しさを放つ。
「必要無いからだ。俺は、自分で自分の理想を思い描く事ができる。そして、それを実現する事もできると思っている」
 ギターから剣を取り出す。星晶獣に向かって構えた。
「だから俺には必要無い。だが、誰かに必要とされたから君が生み出された事も解っている。少し話を聴かせてくれ」
「刃物向けながらだと脅迫になっちゃうよ」
「そういう問題か?」
 僕の指摘には、更にスツルム殿からツッコミが入る。僕も立ち上がって、ズボンに着いた土や葉っぱを払った。マントに着いた分は、フェリちゃんが振り落としてくれる。
「ま、これで残りの葉っぱや根っこを燃やして吸う手間が省けそうだね!」
「大人しく従ってくれたらの話だがな」
 ユーステス君がそわそわと、手をフラメクの雷と普通の拳銃の間で行き来させている。フラメクの雷は範囲攻撃だって話だから、この距離だとちょっと使えないね。
『……皆、理想の未来はまだ見えていないようだな……』
「『理想の未来』?」
 カッカッカ、とアオイドスが笑った。
「冗談はよせ。それを見せられた者は目覚めてから泣いていたぞ」
『何?』
「君は休眠中だったみたいだし、力の使い方を間違えたか? それとも誰かに利用されたのか?」
「……あの、お願いします。私達は、貴方が攻撃してこないなら、こちらからも危害を加えるつもりはありません。貴方の力は、どういうものなんですか?」
 ルリアちゃんが語りかけると、木の形の星晶獣は頷いた様に見えた。


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