平行線

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 朝起きて部屋に独りだったらどうしよう、と不安な気持ちで寝たら夢見が最悪だった。カーテンの隙間から差し込む朝陽に目覚めると、隣のベッドでは不機嫌そうな顔の男が身を起こしていた。
「おはようスツルム殿」
 掠れた声は寝起きだからだろう。いや、いつもよりも低いか?
「おはよう。その……ごめん」
「なんで謝るの?」
「お前の機嫌が悪いから……昨日色々言ったし」
「スツルム殿の所為じゃないよ。髪の毛濡れたまま寝たからぼっさぼさになったのは気に食わないけど。声が変なのは多分風邪」
「だ、大丈夫か? 熱は?」
「今は無さそう。けどいっつも夕方から上がるからなあ」
「次の仕事まだ入れてないし、今日はゆっくり休め。フロントにもう一泊するって言ってくる」
「ついでに朝御飯取ってきて~。適当なので良いから」
 頷き、上着を羽織って部屋を出る。
「もう一泊? ええ、大丈夫です。シングルのお部屋も二つ空く予定ですが、移動されますか?」
 ホテルの従業員にそう言われ、少し迷った。一人部屋の方がドランクは静かに眠れるか? いや、移動する方が辛いかも。
 悩んで黙っていると、従業員に怪訝な顔をされる。
「あ、じゃあ、このままで……」
 気付いたらそう答えていた。
 あたしは、どうにかなりたかったんだ。二人の関係に違う名前や、はっきりとした定義や、未来の約束が欲しかった。相棒、じゃなくなったら、もっと永く一緒に居られるんじゃないかって。
 自分がそれ程ドランクに依存しているなんて、出来れば気付かずに居たかった。でも、気付かないまま何かの拍子に失っていたら、その時の胸の締め付けは今の比ではないだろうとも思う。
 部屋に戻ると、ドランクは寝息を立てていた。起こすのも悪いと思い、音を立てない様に自分の分の朝食を頬張る。
『やだなあ、僕がスツルム殿の事を置いて行く訳ないでしょ』
 そんな声が聴こえた気がして、ベッドを振り返る。ドランクは相変わらず瞼を閉じて規則正しい呼吸をしていた。なんだ、気のせいか。
 ……いや、これは以前言われた言葉だ。
 あたしはとある仕事で仲間に舐められて、作戦をちゃんと伝えてもらえず置いて行かれた。それより少し前には無実の罪をふっかけられたりと、嫌な事が続いて気が滅入っていた。
 こんな小娘がまともに戦える訳ないって、皆あたしの剣を振るう姿を見る前に去って行った。
『みーつけた! ギルド前で張ってたら会えると思ってたよ~。来週以降のスケジュール空いてる? って痛ってぇ!』
 そんな時に喧しい男が現れたもんだから、むしゃくしゃして思わず刺した。
『何!? 僕まだ何もしてないよね!?』
『悪い、虫の居所が悪かっただけだ』
『素直なのは良いけどなんか逆に怖い!』
 ふう、とドランクは息を吐いて、歩き始めた。
『ど、何処に行くんだ!?』
『え?』
 ドランクが振り返る。北風がその髪を掴んで、毛先を頬に撫でつけた。鬱陶しそうに指でそれを外す。
『何処って、いつものお店。今日寒いし。あ、それとも僕とお茶するの嫌?』
『いや』
 その言葉を否定ではなく拒絶と捉えたのか、ドランクの目尻と耳の先が下がった。慌てて言い直す。
『嫌じゃない』
 だってドランクは、あたしが子供だからって、見くびったりしない。
『……珍しいね。何かあったの?』
『別に、何も』
 あたしは嘘が下手だ。ドランクは問い詰めなかったが、表情からしてあたしの言葉を鵜吞みにした訳ではなさそうだった。
『置いて行かれそうになったのが癇に触っただけだ』
『やだなあ、僕がスツルム殿の事を置いて行く訳ないでしょ。何も無いんなら、行こ。美味しい仕事の話もあるよ~』
 並んで道を行く。この男は、あたしの嘘を見抜いていて、それでもその言葉を信じた。どんな時も。
 まるで最初に目にした動く物を親鳥と信じる雛だ。雛にとっては、それが「親」の定義で、ドランクにとっては、あたしの言う事が定義になるのだ。
「ん……? あれ、寝ちゃってた?」
「三十分ほどな。食べるか?」
「うん。ありがと……」
 寝惚けまなこのまま、もしょもしょとパンを齧る横顔を見つめる。
「なぁに~? 見られてると食べにくいな……」
「お前だっていつも見てるだろ、あたしの事」
「だってスツルム殿美味しそうに食べるんだもん~」
 思ったよりも元気そうだ。安心したので、あたしは言葉を放つ。
「仕事の相棒が倒れたら、あたしの収入にも関わるからな。早く治して働け」
 スツルムとドランクは仕事上の相棒。それが定義だ。
 平行線はその距離が離れる事も無いが、縮まる事も無い。それで十分じゃないか。そもそも誰かに見ていてもらえるだけでも、贅沢なんだから。
 いつかどこかで終わりが来るのだとしても、そこまで共に歩けるのなら上出来だ。
「はいはい。ごちそうさま」
 受容の言葉に、失望と安堵が込み上げる。
 本当は、お前が望むものを与えられる人になりたい。けど、あたしはお前の心の隙間を全部埋められるような、出来た人間じゃない。お前の底の無い水溜りに足を取られて溺れるのは、ごめんだ。


『創呪擦罪 骨肉相噛』がアマプラで聴ける事ご存知でした?
私は知りませんでした。