平行線

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 忘れろ、と言われて忘れなきゃ、と思えば思う程、その対象は脳裏に濃く刻まれてしまう。
 本当に良いの? 忘れてしまって。何か思う所があって尋ねたんでしょう? ずっとこのままの二人では居られないから、変わりたいんでしょう?
 それとも、君は僕の吐露した想いさえ、聞かなかった事にするんだろうか。
 別に好かれなくなって構わない。
 だけど君には、嫌われたくない。
 そんな事を考えていたら一睡もできなかった。訊いてきた本人が隣で寝息を立てているのも、妙に気になって仕方が無かった。
 スツルム殿とは、ただ、今一緒に居られればそれで良かった。だってこれから何が起こるかなんてわからないし、考えたくもなかったから。
 つまり、僕の人生は離散的な点の寄せ集めで。でも、スツルム殿の時間は連続な一本の線で。
 恋人になれないかって、やっぱり考えたんだね、スツルム殿。そりゃあ、あのくらいの歳の子から見たら、ちょっと歳の離れてる僕は実際よりも良く見えるだろう。ただでさえ四六時中一緒に居て、時には恋人の振りをしたり同じ部屋で寝たりしてるんだし、意識するなって方が無理な話だ。
 それらしい行為をする事は、少なくとも僕には簡単だ。その気になれば、そしてスツルム殿がそれを求めるなら、僕は何だって差し出そう。心も体も財産も、別に他の誰かの為に取っておく必要は無い。
 でもそれは、確実に今の僕達の関係を壊してしまう。その先に待つのが天国か地獄か、判らないなら僕は一歩踏み出す事はしたくない。
 残酷かな。酷いよね、年頃の女の子捕まえてさ。あまつさえ恋人の振りまでするの。
 だって「振り」に留めておかないと、僕が君に何をしでかすか解らないんだもの。
 きっと僕は、君が見せた優しさという綻びからどんどん中に入り込んで、君が与えてくれる以上の慈愛も憐憫も奪って吸い尽くすだろう。そしてそれでも満たされまい。自分に修復不能な穴が開いている事くらい、この歳になれば自覚している。
 交わって、絡まって、最悪、千切れてしまうのはスツルム殿の方だ。
 僕はスツルム殿との関係よりも、スツルム殿の事が大事だ。彼女を壊してしまうくらいなら、彼女との関係が壊れる事も仕方ない。
 スツルム殿が別の誰かの所に行ってしまって、辛くて辛くて仕方がなくなったら、その時は「ドランク」の記憶と共に、僕なんか死んでしまえば良いと思う。

「仕事の相棒が倒れたら、あたしの収入にも関わるからな。早く治して働け」
「はいはい。ごちそうさま」
「また寝る前に歯は磨けよ」
「わかってるよぉ~。スツルム殿お母さんみたい」
 膨らんだ頬に笑みを向ける。歯を磨く為に彼女が居る方向とは反対側に下りて、洗面所に行くまではなんとか笑顔を保っていた。
「『相棒』かあ……」
 自分で言っておいて、そこに関係性が固定された事を憎む。いや、勿論それ以上に発展しようなんて微塵も思っていない。でも感情は理性とは無関係に不服を申し立てるのだ。
 お前が欲しがっていたものが、お前が一番敬愛する者から差し出されたんだぞ。受け取らないのか、と。
 でも結局、考え直した彼女が望む関係もそれならば、もう何も言うまい。僕はスツルム殿の事を全面的に信頼しているし、彼女の言葉の真偽や真意がどうあれ、疑ったり否定したりはしないつもりだ。あ、仕事関連の話は除く。
「シングルの部屋も空いたと言われたが、この部屋で良いと言った。良いよな?」
 ベッドに戻ると、隣のベッドに座ったスツルム殿がおずおずと切り出した。
「うん? 良いよ、移動するの面倒だし」
「そうか、良かった……」
「スツルム殿」
 らしからぬ様子に、声をかける。
「僕、多分二、三日は本調子に戻らないからさ、一人で仕事行ってきなよ。魔物退治や輸送警護くらいなら、何処の街でもあるでしょ」
「……やっぱり一人部屋が良かったか」
「そうじゃないって」
 咳が出たので言葉を切り、落ち着いてから再開する。
「看病してもらわなくても大丈夫って事」
「でも、あたしが変な事言ったから……」
「髪の毛ちゃんと乾かさなかったのは僕だし~? 休日にしたいならそれはそれで、僕の事は気にしないで過ごしてよ」
 仕事の相棒なんだから。仕事をしていない時は、他人であってほしい。
 そうしてくれたら、僕達、同じ方向に真っ直ぐ歩ける気がするんだ。平行線みたいに。


『創呪擦罪 骨肉相噛』がアマプラで聴ける事ご存知でした?
私は知りませんでした。