第3章:幼馴染

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  • 3123字

 始業式の次の日、教室に入った私はごく自然と、既に居た玉緒ちゃんに挨拶をした。
「おはよう」
「アリスちゃんおはよー! 早速やけど、今日から聴き込みせえへん? サイコの事」
「えーっ?」
 言いながらもわくわくしてしまう。私は小さい頃からテレビの心霊番組や怖い話には目が無かった。
「でもな、あんまりにも被害者多いもんやから、最近は転校生っておらんかったらしいねん。元々ギムキョちゃうから転校生の数自体も少ないしなあ。…とりあえず、どんな噂があるんかだけでも調べへん?」
 頷いて私はとりあえず荷物を置こうと自分の席を振り向いた。そこで、中原さんが居ない事に気付く。
「…今日子ちゃんは一緒には来ないの?」
「ん? 来たけど何や知らん、教室入った瞬間血相変えて、鞄も置かんとどっか行きよってん。急にお腹でも痛くなったんちゃうかなー。心配やけど」

 私は屋上の扉の前で携帯を握り締めていた。電話しようかしまいか悩んだ末、この時間ならまだ電車だろうと思ってかけた。
「サク」
「どうしたん? 今電車やから降りたら後でかけ直…」
「サイコの封印が解けたっぽい」
 電話の向こうでサクが息を飲む。
「なんやて…?」
「あかん。あの教室、なんかおる…」
 そのまま泣き出しそうになったが、サクが必死で励ましてくれたおかげで、何とか堪えた。とりあえず、今夜、学校の外から様子を見に来てくれるらしい。
 電話を切り、一息吐く。玉緒が心配だ、変な事をしでかす前に教室に戻ろうと思って振り返ろうとした時、突然、肩を掴まれた。
「ひっ…」
「校舎内での携帯の使用は禁止ー」
 聞き慣れた声に掴んだ相手の顔を見た私は、怯えて損した、と言うよりも、怯えた所を見られて悔しく腹立たしい気持ちになった。
「夏目…」
 小学校からの腐れ縁、夏目純がニヤニヤしながら立っていた。詰襟とカッターのボタンを第二まで外しただらしのない格好で、一回り高い身長で私の事を見下ろしている。
「手ェ離さんかい」
 私は肩を振って奴の手をどけると、携帯の電源を切って鞄の中に仕舞った。
「ていうか何でおんねん」
「教室から真っ蒼な顔で出て来てトイレでも行くんか思たら立ち入り禁止の階段上ってくからや。気になるやろ」
「てゆう事は最初から話聴いとったな?」
 夏目は鼻を擦って頷いた。
「ああ」
 夏目は私達の力について知っている。勿論、玉緒もだが、あの子は好奇心の方が強すぎて、なかなか霊の危険性については理解してくれない。
 それに対して夏目は話の解る奴だった。けど、見ての通り真面目なんだか不真面目なんだか良く解らない奴で、小さい時から女子をからかうのが趣味の様な奴だから、正直、あんまり好きじゃない。
「『サイコ』って何やねん」
 夏目を置いて私が階段を降りようとすると、奴が尋ねた。足を止めて振り返る。
「知らん方がええ」
「心配してくれるんか」
「そんなんちゃうわ!」
 私が言い返すと、夏目はニヤニヤ笑いに不思議な優しさを滲ませた。その優しさの正体が解らず、私はいつも目を逸らす。
「まあお前が言わんかっても、サクに聞くだけや」
 今度こそ、何を言われても足を止めない覚悟をして、階段を下りる。
「あんまり危ない事しなや」
「ど素人に言われたないわ」
 廊下に誰も居ない事を確認して、さっと立ち入り禁止のロープをくぐる。
 三組の扉を開けると、やはり独特の空気が流れていた…いや、淀んでいた。
「あっ、キョー、何処行っとったん?」
「トイレ」
 玉緒は霊感が無いから何も感じていないのだろう。
「今日子ちゃん、おはよう」
「ああ、おはよう…」
 自分の席に着く頃には、私は冷や汗をびっしょりかいていた。なにせ、自分の席…いや、前の席に座る、館山亜璃子の周囲が、一番奴の気配が強いのだ…。
(お願いだから、余計な事しないで頂戴よ)
 私は館山さんのセーラー服の襟を見詰め、頭上から感じる視線に怯えながら授業を受ける事になった。

「『サイコ』の噂? 何それ? 学校の七不思議みたいなの?」
「ありがちー。どうせ噂は噂でしょー?」
「そういえば、うちの部室に卒業生名簿あったけど、見てみる?」
「「見る!」」
 休み時間、私と玉緒ちゃんの二人はクラスの人にサイコの噂について知っている事を聴き回っていた。後ろから中原さんも、無言で付いて来ている。まるで私達を見張るかの様に。でも、玉緒ちゃんが何も言わないので、いつもこうなのかと思って私は何も言わないでいた。
「じゃあ、放課後第二音楽準備室に来て」
 そう言ったのは軽音楽部の井筒さんだった。三文と書いて「みあや」と読む、私に勝るとも劣らない変わった名前の子。
 転校翌日からこんな変な聞き込みをしていた所為で、私はすっかり変な子だと思われた様だが、とりあえず、玉緒ちゃんと中原さんとは一緒に行動出来るし、特に友達を沢山欲しかった訳でもないから、現状に不満は無い。
 実際、変な子だと、自分でも思う。
 待ちに待った放課後。私は玉緒ちゃんと二人で音楽室に向かった。中原さんは「用事があるから先に行ってて」と教室に残った。
「はいこれ。見終わったら、またこの棚に直しといてくれるかな? あたし練習あるから」
「うん! ありがとうな」
 音楽室では部活の邪魔になるので、私達は少子化で余った空き教室に入ってそれを広げた。
「読み仮名振ってないからわからんなあ。サイコって名前やったら珍しいけど、『彩子』と同じ漢字やったらいっぱいおるで」
「何年前の人かも判らないの?」
「ここ数年の人ではないみたいやけど…詳しい事は全然わからへん。ほんまに卒業生かどうかも、怪しいっちゃ怪しいし…サイコがほんまの名前かどうかもわからんしな」
「とりあえず、サイコって読めそうな人で既に亡くなってる人、抜き出していこうか」
 私は鞄からノートとペンケースを取り出す。
「せやな。名簿からは誰が転校生か判らんし、これ三年前の名簿やけど、その頃には噂あったみたいやし、死んでる人に限ったらそんなに多くないやろ」

 サクと二人でサイコを封印した場所に来ていた。夏目と二人で。
「結局俺を呼ぶんかい!」
「だって怖いんやもん! 仕方無いやん!」
 その場所は、ごくごく普通の渡り廊下、ごくごく普通の壁の、何にも無い一ヶ所。
「ほんまに此処? 全然判らんな…」
 言って夏目が私を覗き込む。
「そら、普通の人間に判ったら困るわ…」
 私は一歩壁に近付いた。私には見えている。二年前、兄が独自の術でサイコを封じた跡が。
「やっぱり封印が壊れてるわ。やば。凄い力や」
 夏目は黙って肯定する。夏目にも、霊感は無い。しかし、玉緒程鈍感でも無く、霊が居る場所では何となく嫌な雰囲気は受ける程度の勘はあった。サクと仲が良かった所為もあり、殊更、超常現象を狂信する訳ではないが、頭ごなしに否定する訳でもなく、冷静な判断力を備えていた。
「結局『サイコ』って何やねん」
「此処から飛び降りて自殺した、三十一人目の転校生の霊、っていう事になってる」
「『っていう事になってる』? 三十一人目っていうのは創立からって事?」
「出席番号三十一番って事ちゃうか? うちは昔から一クラス三十人やから、学年途中で転校して来たら三十一番目になるやろ?」
「なるほど。自殺って事は虐め?」
「そうやと思うんやけど…」
「なんやねん、さっきからはっきりせえへんな」
 私は溜息を吐いた。はっきりしないのは、私ではなくて事実の方だ。
「だってうち見たんや」
「何を」
 私は唇を噛む。サクと一緒に、夜の校舎を走り回ってサイコを封印した夜の事。あの時、私は一瞬だけサイコに取り憑かれ、彼女の生前の記憶を垣間見た。
「サイコの事を追い駆けて、此処から飛び降りなあかんくらい追い詰めよった何か」

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