第1章:彼岸の会話

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「相席よろしいですか?」
 俺は都会的で小綺麗な服に身を包んだ男に声をかけられ、ろくに顔も見ないで頷いた。久方振りの休日に、昼食を摂る場所として選んだ店は混んでいる。この時間帯なら何処の店も同じだろう、理由も無いのに断るような性悪ではない。
「あれ、ユーステス君か」
 テーブルの向かい側に腰を下ろした男が言った。名を呼ばれて初めて、俺は視線を上げる。己の鼻の上に乗ったサングラス越しに、うねった青い髪のエルーンが自分を見ていた。
「ドランクか」
 雰囲気がいつもと違って気付かなかった。話によれば、変装が趣味だとかなんとか。斥候や密偵も行うらしいので、訓練も兼ねているのだろう。もしかすると今も任務中なのかもしれない。
「今日はお休み?」
「ああ。ベアトリクスとの合流は明日だ」
「僕まだ何も言ってないよ」
 ドランクは苦笑して、ウェイターを呼ぶ。俺も追加のドリンクを頼んだ。
「お前は仕事中か?」
「だったんだけど、巻かれちゃって。まだこの街には居る筈だから、とりあえず腹ごしらえ」
「相棒はどうした」
「まだ追いかけてる。案外、素人の尾行の方が警戒されなかったりするんだよね」
 料理が運ばれてくる。急いで仕事に戻るつもりは無いのか、ドランクは今日の服装に似合う優雅な動作でそれを口に運び始めた。
「一応訊いておこうか。ベアちゃんの様子はどう? 明日は仕事って事は、怪我は良くなったんだね」
「一応とはなんだ」
「いやだって、あんまり馴れ馴れしくしてユーステス君に嫌われるのも嫌だし?」
 俺は小さく溜息を吐いた。俺に好かれようが嫌われようがどうでも良いのではないか? お前は。
「何も接触を絶ってくれとまでは言っていない。ベアトリクスにとってお前は、数少ない幼少期の知人の一人だ」
 俺はグラスに注がれた茶を覗き込む。白い前髪が反射していた。
「お前にかまけて任務が遂行出来なくなるなら話は別だが、友人として適度な交流はしてやってほしい」
「そう? ユーステス君がそう言うなんてなんか意外」
 と言いつつもドランクの目が光る。
「君にはもう誰も居ないんだね」
 憐れんでいる訳でも、嘲っている訳でもなく、ただ静かに紡がれた言葉に、ふと、己の口が緩んだ。
「俺と一緒になっても、誰も祝ってくれないからな」
「ふうん? それがいつまで経っても告白しない理由かあ」
 ドランクはフォークを置き、茶を啜る。音を立てない様にカップを置いて、再びフォークを手に取る。
「……それだけではない」
「『敵』を倒すまではそれが最優先?」
「他にも。『敵』さえ居なければ、出会わなかった」
 出会っていたとしても、親しくなんかなれないくらい、身分が違う。「敵」を倒した後、ベアトリクスが行くべき先は、俺みたいな身寄りの無い田舎者の所なんかじゃない。その生まれにふさわしい、本来得られるべきだった未来を取り戻せる場所だ。
 ドランクは眉を下げて笑う。
「そういう事をさ、もし僕がスツルム殿に言われたら、すごく困るなあ~。血筋なんて僕達の力じゃどうにもならないでしょ?」
「ああ」
「だからベアちゃんが良いって言うならそれで良いじゃない。それにさ、誰も祝ってくれないなんて事もないよ。少なくとも僕は祝うし、組織の人や、団長さん達もさ」
「……お前に何が解る」
 言ってしまってから、ハッとした。数は違えど、「敵」に大切な人を奪われたのはドランクも同じだ。
「何も解らないよ」
 謝る前に、そう言われる。
「ユーステス君だって僕の事、理解出来ないし腑抜けだって思うでしょ? やられておいて『やり返す』っていう考えに至らなかったんだよ、僕は」
 別に腑抜けとまでは思っていない。復讐に人生を懸けた所で、失った人は戻ってこない。復讐するにも、対抗できるだけの力を身に着けなければいけない。「敵」の被害を受けた人間の全員が組織に入る訳でも、他の何らかの活動を行う訳でもないという事は、解っている。
 自身では戦えない人達の分まで、俺が戦う。それで良いじゃないか。
 ドランクだって今でこそ名のある戦士だが、当時は力が無かったのだろう。俺だってそうだ。
 だから己を磨いて、磨いて、余計なものは削ぎ落してきた。
「僕はね、君の事も心配なんだよ、ユーステス君。立場上、復讐をやめろとは言えないし言わないけど、何かを犠牲にしてまで事を進めたら、身を滅ぼしかねないよ」
「まるで心当たりがあるかのような言い草だな」
「心当たりがあるも何も、僕がそうだから」
 俺はドランクの顔を見る。薄く微笑んだその表情から、真意は汲み取れない。
「まさか『敵』と通じている訳じゃないだろうな」
「その点は安心してよ。もっとも、『敵』さんの方が大義名分があるだけまともだけどね。それだけ厄介だとも言うけど」
「何か『組織』も知らない情報を掴んでいるのか? 幾ら欲しいんだ? 上と掛け合おう」
「やだなあ、そりゃ全く追ってないって言ったら嘘だけど、片手間だからね。情報源も殆ど君の仲間だし」
 と、ここでドランクが言葉を切り、ジャケットの内側を確認する。宝珠が一つ、明滅していた。
「スツルム殿が追い詰めてくれたみたい」
 素早く食事の残りを平らげ、ドランクは席を立つ。
「それじゃ。また犬の島行こうね」
「ああ」
 店を出たドランクが、ジャケットを脱いで髪をわざと乱すのが見えた。ネクタイを外してジャケットを片方の肩に持てば、すっかり軟派男の出来上がりだ。相棒が追い詰めたのだから、もう尾行の為の変装はしなくて良いだろうに。
 だが、そうしないとやってられないのだろう。人間はリスクを取る時、おまじない代わりに特定の言動を取ったりするものだ。実際に自分でその言動を決めて集中力を高めるトレーニング方法もある。
「俺の事も心配、か」
 自分よりも無謀な事をしでかす奴に言われたくはない。
 食事を終え、店を出る。自宅まで近道しようと一歩裏通りに入ると、賞金首としてゼタの顔が貼り出されていた。それを破りながら剥がしていると、隣に貼られたチラシが目に入る。

間も無く時効! ――一家斬殺事件の情報求む
犯行推定時刻 XXXX年XX月XX日深夜
目撃者 無し
凶器 不明
現場の状況から、犯人は身長百七十センチメートル前後の男性と推定
他の事件との類似点から「青い髪のエルーン」の犯行とも考えられる
有力な情報提供者には最高五万ルピの謝礼

 ドランクが俺の事を理解しない様に、俺もドランクの事を理解しない。してはいけない。
 俺は奪われたから復讐すると決めた。彼は奪われる苦しみを知りながら、自らも奪う立場になった。
 しかし、それでも彼の事を憎み切れない自分の事が、今は一番理解出来なかった。


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