第2章:想い出

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  • 2044字

 沖田君が居た頃は、主の事で喧嘩なんてした事無かったのに。

「乱ちゃんの髪の毛は良いなーさらさらでつやつやで」
「ふふっ」
 乱藤四郎は主に髪を結えてもらいながら、嬉しそうに微笑んだ。今日の近侍は彼の役目。しかし、彼の時はいつもこうしたままごとに夢中になってしまい、仕事の進みが遅くなる。尤も、鯰尾や骨喰、他の短刀が近侍の時も似たようなものだが。
「はいできた」
「わー可愛いー」
 長い髪を三つ編みにして頭に巻いてもらい、髪飾りを付けてもらった乱は鏡を見て満足げだ。
 そうやって部屋でのんびりしていると、廊下を軋ませながら誰かが部屋の前にやってきた。
 シルエットと足音で判る。安定だ。
 乱に御簾を上げてもらうと、やはり安定が跪いていた。額に汗が滲んでいる。
「主、ご相談が」
 乱は突然の事に不安げに主を見たが、下がるように言われてそれに従う。主は安定を中へ入れた。
「今日は出陣では?」
「鯰尾に『今日は出るな』と言われました」
 実の所、主は戦があまり得意ではない。現地での作戦を含め、部隊の構成など、全てその時の隊長に任せていた。以前は清光や、その次に此処へ来た小夜左文字などを指名していたが、最近は最も頭の回りが早いと思われる彼に任せっきりである。
 その鯰尾が彼の出陣を拒否した。
「…何があったのです?」
「主…」
 安定は全て吐き出してしまおうかと悩んだが、最終的には言わない事にした。主はまだ、幼いと言っても過言ではない歳なのだ。自分の中での葛藤もあるだろうに、安定の分まで背負わせる訳にはいかない。
「…暫くの間、本丸を離れさせてください」

 清光が帰ってきた時、部屋は真っ暗で、安定の姿も無かった。
 正直、どんな顔をして彼に会えば良いのか解らなかったから、良かった。一先ず風呂に入り、髪型を整えて夕食を摂りに行く。食事の間にも彼の姿は無かった。
「…安定は?」
 彼の席には夕食すら準備されていなかった。清光の気持ちを察した鯰尾が、燭台切に尋ねる。燭台切は自分が内番だろうが出撃を終えた直後であろうが、遠征の時以外は皆の分の料理を仕込みから配膳まで全てそつなくこなす何だか良く解らないが凄い奴だ。
「遠征だそうですよ。暫く帰って来ないそうなので、明日以降の部隊編成も考え直さないといけませんね」
(遠征…?)
 安定が遠征に出されるのは、初めての事じゃないだろうか。主は、例え刀剣であろうとも、長い移動の途中で野営をさせるのは可哀想だ、などと言って、そもそもあまり遠征に行かせたがらない。特に安定や清光の様に一見すると体が細くてか弱そうな者は、優先的に自分の世話係へと回しているのだ。
 清光は、暫く彼と顔を合わせずに済みそうだという事に喜ぶべきだと感じながらも、実際はそう思っていなかった。
(なんか…胸騒ぎ)
 長期の遠征。山伏の様に自ら行きたいと申し出ない限りは、主はさせない。だから此処は資金繰りが悪いのだ。でも、資金繰りの悪さは今に始まった事じゃない。やはり、安定が自ら志願して行ったに違いなかった。
(俺の所為かな…)
 自分は、こんな事を望んでいた訳ではない。これじゃまるで、戦えない刀剣を主が処罰の為に追い出したみたいじゃないか。
「早く帰って来いよ…」
 誰も居ない衝立の向こう側に、そう呟いた。

「…して、何故拙僧の修行に付き合いたいと?」
 山伏は焚火を起こしながら、近くで膝を抱えて座ったままの安定に尋ねた。
「修行じゃなくて、遠征だろ?」
「カカカカカ! 結果が同じならば名前はどうでも良い」
 安定は溜息を吐く。遠征に来たのは、この二人だけだった。元より、山伏が自分で志願して行く以外は滅多に行わないのだから。
「おぬしが主殿に特別な感情を抱いているのは知っている」
 安定が黙っていると、湯を沸かしながら山伏が言った。安定は自分の膝に顔を埋め、独り言のように呟く。
「特別な感情…? どうだか」
 勿論、今の主の事は、今の主として慕っていた。求められれば応える事くらい、人間の身体を持っている今なら簡単な事だった。
 でも…それで良かったのだろうか。
「主も僕も、本当は互いを見てない気がするんだ…」
 沖田君。
 主と居ると、時々沖田君の事を思い出した。今の主とは、性別も違う、歳も違う、性格だって違うのに…。いや、寧ろそういう所を無意識に比べているんだろう。
 そしてそれは、主の方も同じ様な気がしていた。
「主殿ときちんと話し合われていないのか?」
「僕が主の過去に何があったか知ったところでどうなるの? 人間の入れ物を手に入れたと言っても、僕達は人間じゃない。…ずっと一緒になんて居られないよ。僕達には、今しかないんだ」
(そう、僕は、今、僕を愛してくれる人にしがみつくしか…)
 山伏は夕食を作る手を止めて言った。
「おぬしは、十分に主殿の事を見ていると思うぞ。だが…」
 安定は顔を上げた。鍋には先程山伏が狩った鹿の肉が放り込まれ、ぐつぐつと煮えたぎっている。山伏は料理を再開した。
「おぬしだけが辛いと、思ってはいかんな」


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