第3章:愛の形

  • PG12
  • 2240字

 昔々、その昔。遡る事千五百年。京に二人の若い男子が居りました。
 二人ともたいそう、という程ではないけれども、良い家に生まれ、見目も良く、書き文字も美しく、また弓矢や馬の扱い等も手慣れたものでした。

 …要はそこそこいいとこのお坊っちゃま二人が居たのである。
 二人は幼馴染みであり、良き友人でもあり、そして…恋人同士でもあった。
将臣[まさおみ]殿』
 嬢はその日の事を思い出していた。
 それは春の夜、桜の美しく咲く川のほとりに将臣を呼び出した。
『将臣殿…私はもう耐えられません…』
春緒[はるお]…』
 今でこそ、世界的に同性婚の制度が整えられているが、千五百年前、平安時代だった当時、遊びとして男同士の交わりが無かった訳ではないが、嬢…春緒が、そして将臣が求めていたのは、そんなものではなかった。
 ただ彼を愛していた。彼と一緒になりたかった。
 ただこの体と世間が邪魔をしていた。
『次に生れて来る時は…』
 春緒は懐に隠していた刀を抜いた。
『私は女として、生まれて来とうございます』
 月の光を刀身が反射した。次の瞬間には川面にたゆたっていた桜の花弁が、紅色の水に追いやられて流されていく。
『次の世でお会いしましょう。必ず』
 そして春緒は自分の首を掻き切りながら、愛する将臣の血の海へと飛び込んだ。

「で、どうなったの?」
 嬢が中学に上がりたての頃だったろうか。この話を姉と、遊びに来ていた花色に話すと、意外な事に妃が食い付いた。
「どうなったの? って、二人とも死んだよ」
 まさかこの妄想要素たっぷりの記憶を他人に話して信じてもらえるとは思っていなかったので、嬢は元々丸い目をもっと丸くした。
「そうじゃなくて、死んだ後!」
 霊感のある妃だ、死後の世界や生まれ変わりを鼻で笑ったりはしない。
「気付いたら地獄の前に居てさ」
 嬢は形の良い唇を指で軽く叩きながら話す。
「閻魔様に図々しくも頼んだわけ。『何年でも地獄で修行するから次に生まれ変わる時は女にしてください!』って」
「それで?」
「断られちゃった」
 その時閻魔大王が嬢に説明した内容はこうだ。
 輪廻転生のルールその一、性別は魂ごとに固定。最初に男子用として作られた魂は何度生まれ変わろうと男にしか生まれない。女子用なら女にしか生まれない。時々運ぶ魂を間違えて赤ん坊に入れると生まれた後女装(男装)趣味になったり性転換したりする事もあるがそれは事故である。因みに春緒の場合は単なる同性愛(というか将臣が好きなだけ)で間違って女の魂を男の子の体に入れてしまったわけではない。
 輪廻転生のルールその二、生まれ変わる時には前世の記憶は削除される。時々消し忘れがあったり、ふとした瞬間に復活する事もある様だが、基本的には人間界が混乱するので記憶は抹消される。
 輪廻転生のルールその三、生まれ変わる先の体は選ぶ事が出来ない。これは日々生まれ死に逝く人間の数を考えると明瞭だが、死後の世界での業務が一々死者の希望を聞いていたらその日の内に終わらずに大変な事になってしまう。生まれ変わる魂は適当に配分されて世界中の何処の誰の所に生まれるかは生まれてみないと判らない。
「じゃあ全部破るじゃん、嬢の願いは」
「そうなのだよねー。だからもう頑張ったよ」
 地獄の門の前で粘る春緒に辟易した閻魔大王は、春緒が死んでから三日後に溜息を吐いてこう言った。
『仕方無い、特例だ…とにかくお前は一人人を殺しているし、自殺もしているんだから地獄行きは確定だ。三年間、みっちり苦痛を味わうが良い。それが終わったら転生させてやろう。但し、十四回は男として、だ。その十四回の人生、善き人間として生を全うする様に。記憶はその間は此方で保管しておく。一回でもまた地獄に落ちる様な事があればその時点でこの約束はお終いだが、もしも十四回とも極楽天国に行けるような人生を送ったならば、十五回目の人生でお前の魂を女の物に新しく作り直し、これまでの記憶、千五百年分を戻してやろう』
 こうして見事約束を果たした嬢は、将臣の生まれ変わりを見付けるべくどうしたものかと悩んだ末、姉の妃に駄目元で相談したのであった。
「…じゃあ、夢で見れたら教えてあげるわよ」
「本当?」
 妃の答えに嬢の目が輝く。妃は花色と意味有り気な目配せをした。

「…そっか。とにかく良かったね、見付かって」
「うん!」
「あー、何でも良いけど勉強もちゃんとやんなさいよー」
 妃はまるで親の様に言って嬢を事務所から追い出した。
「はいはい解ってるって」
 パタン、と背後で閉まったドアを見詰めて、嬢は頬笑みを零した。
「姉さんも頑張る気かな」

 嬢がビルを出て自宅に向かった事を窓から確認した妃は、サングラスを外して花色に近付いた。
「そう言えば花色の方は? 何か情報掴めた?」
 自分のパソコンの画面を見詰めている花色の後ろに回り、不在の間の情報を自分の目でもチェックする。
「特に無かったわ。おじさんの研究室の方にも相変わらず音沙汰無し。『無くなった遺物』は行方不明のまま」
「そう」
 言って妃は花色の肩に顔を埋めた。
「お疲れね。まあ最近ちょっとバタバタしてたけど」
「うん」
 妃が素直に「うん」と答える人物は、この世で花色ただ一人だった。
「自分も嬢ちゃんみたいに魂作り直してもらいたいと思ってるでしょ」
「うん」
「千五百年かかるらしいわよ」
「待てるでしょ、その位」
 妃は顔を上げて、振り返った花色の目を見詰めた。
「勿論」
 花色の答えには迷いなど微塵も含まれていなかった。

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