第3章:昔話

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  • 3523字

「それがジェームズというわけさ」
 久し振りの全空ツアーへの出発前夜、俺はゲストに昔話をしていた。
 月との戦争に一区切り付けた「組織」の面々と、「ダクトなエンジニア」、それから月星人は、目的と寄る辺を失くしてグランサイファーに一時滞在している。俺がツアーから帰ってきたら、もう居ないかもしれないとの事で、今生の別れではないが最後の挨拶といったところだ。
「ジェームズとは仲良いよな。結果的に良かったんじゃないか?」
 ベアトリクスが笑みを向けてくる。俺は「そうかな」と肯定にも否定にも取れる返しをした。
「あまり仲良くすると、他の兄弟が泣く」
「誰が泣くと?」
 食堂の前を通りかかったジャスティンが、地獄耳で聞きつけて凄んだ。
「ああ、久々に虐三のメンバーでのツアーを組んでくれた恩人を、恨めはしないか」
「勘違いしないでください。僕もそこまで子供じゃありません」
 明日は早いんですからそのつもりで寝てくださいね、と釘を刺される。はは、とエンジニアが笑った。
「弟さんとも仲良いね。……楽団員の夫婦の子供も、今頃幸せだと良いけど」
「シン配無用だ、アイザック」
 妙に確信めいた口調で言ったのは、カシウスとかいう月星人だった。
「アオイドスはそれが誰なのかを知っている」
「フッ……月の住人は他人の心を読む技術でも持っているのかな?」
「簡単な推理、それから憶測。ひそひそ話が聴こえる耳があるなら、その子供の名前も知っているだろう」
 俺は飲み物が入ったグラスを手に取り、続けろと促す。
「それから金。有り余る金」
「孤児院や病院に寄付してるんだってね」
 アイザックが食堂の壁に飾られた、数々の感謝状を眺める。自分の部屋に置ききれなくなって捨てようとしたら、ジータに止められて気付いたらこうなっていた。カシウスが頷く。
「孤児院に居れば見つける事など造作も無いだろう」
「まあ、もう成人しているだろうが、就職先くらいは院が把握しているだろうしな。親戚に引き取られていた場合は?」
 黙って聴いていた、黒髪の女性が問うた。イルザと言って、組織では教官を務めていたらしい。これにはユーステスが反論した。
「無いだろうな。そもそも、コンサート後に事故に遭ったのなら立派な労災だ。――交響楽団ともなれば当然、団員に不慮の事があった場合の扶養家族への支援については取り決められているだろう。誰か一人くらい引き取り先の連絡先を知っている筈だ」
「共助の文化だな。憶測が推測に変わった」
 カシウスは薄く笑って、続ける。
「とすると、親切シンの無い親戚だ。フォッシルの孤児院でも、子供の頭数の管理くらいはしているだろう?」
「ああ、そういう事か」
 アイザックが納得した表情を見せる。
「つまり、その子の親戚はその子を引き取りもしなかったし、孤児院に入れた後も放置していた……」
「孤児院に居る間に、本当に行方不明になったという事か」
 同じくうんうんと頷くイルザに、ベアトリクスがキョロキョロと周囲の顔を見る。
「だ、誰か解りやすく説明してくれ」
「なんだまだ解らないのか」
 ユーステスが溜息を吐く。
「楽団からの支援を受けるには、定期的に扶養家族本人からの連絡なり面会なりが必要だろう。でないと金に目が眩んだ奴が、子供を殺したり奉公に出したりして、金だけ受け取るという事になりかねないからな」
「ああ。恐らくは、支援金制度はあっても大した額ではないか、一時見舞金程度なのだろう。親戚は、子供一人を引き取るコストと孤児院に預けるコストを天秤にかけたんだ」
 イルザも溜息を吐く。子供を育てるのは大変だ。とはいえ、行く場所が無くなって組織に流れ着いた子供達も多く見てきたイルザにしてみれば、少しでも一般家庭で育つ機会があったのならそうしてもらいたかったところだ。
「が、親戚は誰もその子供の行方を知らないときた」
 続きを引き受けたのはアイザックだ。
「貰えるお金は欲しいだろうから、実際に養っている場合にそう答えるのは損だ。つまり、本当に知らないんだよ。誰も彼の行方を」
「さ、流石にそこまでは解った!」
 本当か? と組織の面子が眉を上げる。ベアトリクスは喚く。
「でもそれだけじゃ解らないだろ! アオイドスがそいつの居場所を知ってるって」
「ここからは憶測だ」
 カシウスの言葉に、ベアトリクスが静かになる。
「多分、アオイドスは思った以上に、親切シンのある人間だ」
「お褒めに預かり光栄だね」
 グラスに入った酒を飲み干し、俺は語る。
「憶測以外は概ね正解さ。俺は引き取られる予定の子供の名前を知っていた――男か女かは、名前からは判断できなかったけどね」
「それで興味を持った?」
 アイザックの問いには、首を横に振る。
「行方不明の子供」
 それだけ呟いたが、首を傾げられる。
「俺もそうなったんだ。当ての無い旅というのは、いくら俺でも心細くなる事があってね」
「なんだ、仲間が欲しかったのか」
 ベアトリクスが漸く腑に落ちた顔をする。
「それもある。しかし、こう考えたんだ。行方不明の人間を追いかける旅をしていれば、自分も上手く隠れ続けられるんじゃないかってね」
「面白い発想するじゃん」
 ゼタがにんまりと口角を上げる。
「それで? 追いつけたの?」
「いや。代わりに道中ジャスティンを拾ってね。彼の相手でそれどころじゃなくなってしまった」
「それは残念だったな」
 バザラガの低い声が響く。俺は笑って否定した。
「追いつけはしなかったが、合流は出来たのさ」
 え、とベアトリクスとゼタが漏らし、ユーステスはなるほどと呟いた。
「兄弟を名乗り始めたのはそれからだ」
 話し終え、立ち上がる。
「バレンティンには黙っておいてくれ」
 彼が亡霊に唆された先で見たものと、仮に俺の家に引き取られたとして見たかもしれない悪魔[おれ]と。想像でも比べさせる必要なんてない。もしジェームズじゃなくて自分だったら家出なんかさせなかった、なんて慰められても困る。
 俺は俺に与えられた中から選んだ道を歩んできた。それだけだ。他の皆もそうだろう?
「ジェームズさんには?」
 アイザックが、少し意地悪をしている自覚がある、と言いたげな表情で問うた。
「愚問も程々にしろ。彼は何だってお見通しさ」
 グラスを洗い、もう寝ると言って食堂を辞した。


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