第5章:最悪の出だし

  • PG12
  • 2335字

「真田さんってTAEさんの娘なんだって?」
「私ファンなんだけどサインとか貰えないかな?」
「家何処? この辺じゃないよね」
 休み時間が来る度、目立つ嬢はこんな質問の嵐に阻まれて、なかなか勇に話しかける事が出来ずに放課後を迎えた。
(ていうかなんでママの事まで噂が広まってるんだか)
 今朝の隼と勇の会話を小耳に挟んだ生徒の仕業である。
「まあ、そうなんだけど、ママは忙しくてあんまり家に帰って来ないから、どうかな。家は電車で二時間くらいかかるとこ。じゃ、門限早いから」
 同級生達をそう適当にあしらって、嬢は既に教室を出た勇を追った。玄関に向かって廊下を曲がった所で、お目当ての人物を発見する。
「瀬良く…」
「霧子じゃん!」
 嬢は呼び止めようとして口を噤んだ。半拍遅れて勇が誰かに声をかけたのだ。
 今朝、嬢とぶつかった彼女だった。嬢は廊下の曲がり角の所で立ち止まり、様子を見守る。
「確か…同じ幼稚園だったよな…?」
 自信無さ気に勇が言う。霧子の方もややあって思い出したらしい。
「…あぁ、勇ちゃん? 引っ越してった」
「何年かして戻って来たんだ。つっても小学校上がる前くらいに事故って、昔の記憶あんまり無いんだけど」
(なるほどそれで自信無さ気だったのか)
 嬢は二人からは死角になる位置で耳をそばだてる。
「でも私の事は覚えててくれたの?」
 霧子が笑う。勇は優しい眼差しで答えた。
「まあな」
(俺の初恋だからな)
 二人は長話になりそうだ。話しかけるタイミングを失った嬢は、今日のところは諦めて帰ろうとしたが、ある事を思い出した。生徒手帳を返さなければ。
「あの」
 盛り上がる二人に思い切って割り込む。少し勇の顔が曇った気がした。
「あ、今朝の」
「あ、あの、生徒手帳、落としませんでした?」
 嬢がまだ真新しいカードを差し出すと、霧子の口元が緩む。
「気付かなかった。どうもありがとう」

「で、結局生徒手帳渡しただけで何にも話さずに帰って来たの?」
 ロリータファッションの少女が鏡の前で髪を結いながら呆れた口調で言った。
「だあってぇ、すっっごい将臣殿が私の事邪魔者みたいな目で見るんだもん」
(あの霧子って子とも仲良さそうだったし)
 しょげる嬢の肩を、ツインテールを巻き終わった少女が叩く。
「もぉ~そんなんじゃ叶うもんも叶わないぞー」
「うーん、解ってるけどね姫ちゃん…」
 出掛ける妹を見送り、嬢は独りきりの自宅で伸びをした。妃は仕事、母は撮影とショーの為海外だ。
「海外で思い出したけど、瀬良君、どことなく顔がゲルマン系だったな…」
 文隆の妻は何人だったかなど覚えていないが、とにかく明日こそ話を切り出そうと思った。

「失せ物ですか」
 色眼鏡越しに妃は本日最初の依頼人を見た。
「はい。婚約指輪なんですけど、貰ったその日になくしてしまって…。家には持って帰ってきた筈なんですが、彼に合わせる顔が…」
「その、鞄の中に入ってるものではなく?」
「え?」
「鞄の中、ポーチの下、底の所に、あると思いますが」
 妃の言葉に依頼人の若い女性が鞄を慌ててまさぐる。
「何かの拍子に鞄の中に落とされたのでは?」
 妃が示した場所に光る指輪を発見し、嬉し涙を浮かべる彼女に妃は言った。
「まあ、雑用が多いこって」
 依頼人が帰った後、妃は花色にぼやく。
「この街が平和って事よ」
 その返答に妃は笑う。
「本当にそうかな…」

「あ、あのっ」
 お昼休み、一人で菓子パンを齧ろうとしていた勇を屋上へと繋がる階段で見付け、嬢は声をかけた。
「ご一緒して、良いですか?」
 勇は始め眉根を寄せたが、
「まあ」
とだけ言葉を発したので、良いのだろうと解釈した嬢は隣に腰を下ろした。屋上へ出る扉の前は廊下からは死角だし、屋上は立ち入り禁止だから誰もやって来ない。
「何、俺の事探してたの?」
(此処なら見付からないと思ったんだが)
 やはり何処かで会った事があったろうかと勇が尋ねる。嬢は自分で作った弁当を踊り場に広げながら答えた。
「ちょっと訊きたい事があって」
「ふうん?」
 勇はさっき齧りかけてやめたパンを頬張りながら嬢の言葉を待つ。
「…お弁当、持って来ないの?」
 嬢は勇の姿を見て、今思った事を口に出した。途端に勇の機嫌が悪くなる。
(そう言われんのが嫌で隠れて食ってんのによ)
「お袋、スウェーデン人なんだけど、実家に帰ってるから」
「奇遇だね。私のママも今フランス」
 勇の様子に気付いているのかいないのか、嬢は脳天気に返す。
「…自分で作ってんの?」
「そうだよ。姉さんと姉さんの事務所の人と、妹の分も」
「ふうん」
「訊きたい事っていうのはお父さんの事なんだけどね」
 無論、勇の機嫌が悪くなった事には嬢も気付いている。単刀直入に言ってさっさと終わらせた方が良さそうだ。
「瀬良君のお父さん、考古学者の瀬良文隆だったりしない?」
「そうだけど、何?」
 嬢は期待半分危機感半分で続ける。
「私、文隆おじさんの上司[ボス]の真田好の娘なんだけど」
「ふうん」
 嬢はここまでで一度話すのをやめた。勇が何か言ってくれるのを待ったが、出てきたのは期待外れの反応だった。
「それで?」
「それで、って…おじさん、今何処に居るか知らない?」
「知らねえよ。つーか、そいつの話なんか二度とすんな」
 幼い自分と異国人[ストレンジャー]の母を残し姿を消した男の事など、父とは思ってなかった。尤も、丁度文隆が行方知れずになる頃に事故で記憶を失った勇には、彼の記憶も殆ど無かった。
 勇はパンを食べ終わると、袋をくしゃくしゃっと丸めてその場を立ち去った。
(にしても、親父の上司? その娘が何で親父を探してんだか)
 そういう間柄なら、もしかしたら事故に遭う前に会った事があったのかもしれない。そう結論付けて、勇はゴミ箱に袋を突っ込んだ。

『創呪擦罪 骨肉相噛』がアマプラで聴ける事ご存知でした?
私は知りませんでした。