第9章:本丸

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「安定の件、どうするんだ?」
 翌朝、骨喰と鯰尾は浴場に来ていた。鯰尾は引き戸を開けながら困った顔をする。
「うーん、絞められた理由が解らないしなあ…。一先ず、内密にしとこう」
 本丸の中での殺人未遂。すぐに主に申し出るべきだろうか悩んだが、経緯を説明する際に自分の淫らな行いまでうっかり喋ってしまいそうだ。昨夜の件はお互い様な部分もあるし、安定と直接話し合う方が良いか…。
 二人が脱衣所に入ると、先客が居た。
「清光」
 人の気配に、清光は慌ててシャツに袖を通す。しかし、彼の背中はしっかりと鯰尾の視界に入っていた。
 右肩から腰まで斜めに走る、大きな刀傷。
「何? お前達も今?」
「昨晩入り損ねてな。お前は近侍上がりか」
 骨喰は特段驚いた様子も無く清光と話している。鯰尾の表情に気付いた清光が尋ねた。
「見た?」
 鯰尾は頷く。骨喰は既に服を脱ぎ始めている。
「…内緒にしといてくれる? 俺、こー見えて繊細な神経してんだよねー」
「骨喰は知ってたの?」
「前に風呂掃除当番だった時にな」
 清光は他の者が居ない時間帯を狙い、真昼に入ったりする事もある。掃除しに来たのが偶然にも同じく酷い傷を持つ骨喰だったのは、不幸中の幸いか。
 鯰尾は骨喰に置いて行かれまいと急いで服を脱ぐ。首の引っかき傷と、腕の火傷が清光の目に入った。
(なんだ…)
 何故だか清光は安堵する。
 具現化した心の傷。刀身が折れた事は只でさえトラウマだというのに、こんな風に誰かに見られる形で現れるなんて追い打ちをかけるだけだ。誰が好き好んで自分の弱い所を見せるだろう。清光は、これを見られたら皆の見る目が変わるのではないかと恐れていた。
(あいつもそうだったんだ)
 服を着終えると、清光は自身の赤い刀身を握り締め、浴場を去った。

 朝餉の前に化粧を済ませようと思い、自室に戻ると安定が布団も敷かずに眠っていた。
「…おい」
 呼び掛けたが反応は無い。数日前の事を思い起こすと、あまり会話したい気分でもなかったが、彼に用があるのだ。
「安定、起きろ」
 脚で蹴飛ばしてうつ伏せ寝していた彼を転がすと、その服が血で汚れていた。
「何だよこれ…」
「うん…?」
 安定もようやく目を覚ます。結んでいないぼさぼさの髪をかき上げながら身を起こし、清光と目が合う。
「あ…」
「あ、じゃねーし。何なんだよその血」
 珍しくすっぴんのままの清光が自分を見ている。すっぴんでも大して変わらないのにな、等と安定の寝起きの頭はそんな事を一瞬考えたが、すぐに状況を把握する。昨日、骨喰に斬られた頬からの出血を対処せずに寝入ってしまったのだ。しかも変な体勢で寝たのか体が少々痛い。
「あー」
 何と答えたものか。正直には言えまい。第一、今剣の力で頬の傷も綺麗さっぱり消え去っているようだし。
「なんだろうねえ、鼻血でも出したのかな」
 白々しい台詞に清光は眉根を寄せる。しかし、問い詰める気は無かったらしい。
「まあ良いや。俺、今日も近侍だから」
 そう言って自分のスペースに戻り、化粧鏡の前に座る。安定は汚れた服を脱ぎながら訊いた。
「今日も…?」
「審神者同士の会合に行くんだよ」


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