第1章:束の間

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  • 5232字


 僕は生まれながらにして左右の目の色が異なっていた。
 お婆ちゃんは、それはお前の魔力が強すぎるからよ、と言った。だからお前が生まれた時、この家にあった魔法書は全て燃やされてしまったのよ、とも。
 僕の世界の全ては、殆どお婆ちゃんから聞いた話で成り立っていた。
 屋敷の外に出る事は禁止されていた。幸い、運動不足にはならないようなとても広い家だったが、住んでいるのは両親と、お婆ちゃんと、僕だけだった。お母様が一日中家の掃除をしても、館のあちこちにいつも薄っすらと埃が溜まっていた。
 そんな陰気な屋敷をこっそりと抜け出して、裏の森を抜けた先に広がる雲海を眺めるのが、僕の楽しみだった。屋敷から出たとばれた日には、お母様から酷い折檻を受けたけれども。
 どうして僕は外に出ちゃいけないんだろう。魔力とか魔法って、そんなに悪いものなの?
「あ、あの……お父様……」
 その理由を知りたくて、僕は何度問おうとしただろうか。
「何だ?」
 でもその度に、僕の左目と同じ色のお父様の瞳が、鋭い視線で僕に言葉を飲み込ませるのだった。

 僕は自分以外の「子供」という存在を見た事が無かったから、その事実に気付くのに随分長くかかってしまった。
 それはお婆ちゃんが亡くなった時の事だ。今から三十年ほど前の事になる。
「お願いです」
 泣いて、泣いて、泣き疲れて。棺に入れられたお婆ちゃんの隣でうとうとしていた所に、お父様が来て言ったのだ。お前は葬儀に出るな、と。
「お願いです……最後のお別れくらい……僕も……」
 膝に纏わりついて何時間も粘ったからだろうか、僕は条件付きで葬儀に参列する事を許された。
 一つ、右目は前髪で完全に覆い隠すこと。
 一つ、顔もヴェールで隠し、なるべく人に見られないようにすること。
 一つ、両親を含め、話しかけられても絶対に人と会話をしないこと。
 僕は全ての条件を呑んだ。

「もうお歳でしたからねえ」
「ご主人を亡くされてからずっと伏せりがちでしたし、やっと会いに行けましたわね」
 参列者の群れの一番後ろで気配を潜めつつ、祈りを捧げる。それでも、エルーンの大きな耳には、初めて見る血縁以外の人間達の言葉が、強烈すぎる程に響くのだった。
「でも、そうするとあの家、ご夫婦二人だけになってしまうわねえ」
「お子さんいらっしゃらないんでしたっけ?」
「ええ。二十年前に、生まれてすぐに亡くなったとかで……」
「……え……?」
 僕が思わず出した声に、お喋りしていた婦人達が気まずそうに振り向く。
「あら、あなたお一人? 親御さんは? お花、供えなくて良いの?」
 僕はお父様との約束を思い出し、黙って場所を移動した。
 僕に兄弟は居ない。だとすると、あの二人が話していたのは僕の事だ。二十年前に生まれたという時期も合っている。
 ……両親は、僕は死んだと世間に言っていたのか。
 移動した先では、また別の参列者達が、墓に花を手向け終わって会話していた。
「おや、息子さん、随分ご立派になって」
 一人の参列者が、親子で来ていたらしい二人組に声をかける。一人はお父様と同い年くらいに見えた。もう一人は、若いけれどももう立派な大人だった。背も僕よりずっと高くて、体付きもしっかりしている。
「ありがとうございます」
 若い方がすっかり声変わりした声で答える。
「もう成人されたんですか?」
「ええ。今年二十歳になりまして」
 その言葉に、僕はうっかり手に握っていた花の茎を折ってしまった。
 お婆ちゃんに手向ける為の花に、そんな酷い事をした指は、まだ細い。
 僕は屋敷に駆け戻った。ヴェールを取り、鏡を見る。
 まだあどけなさの残る顔には皴一つない。とても「大人」には見えない顔付き、体付き。
 それが普通なのだと思っていた。でも、違う? あの参列者の若者が異常なだけ? いや、でも、そんな素振りは誰も……。
「……僕が、おかしいの……?」
 震える声は、まだ高い。
「だからやめておけと言ったんだ」
 振り返ると、お父様が扉の所に立っていた。手に、茎が折れた花を持っている。途中で落としてしまっていたらしい。
「皆が帰った後、供えに行こう」
「……はい、お父様……」
 それから、僕が屋敷の外に出る事は無くなった。