第8章:機械の神様

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  • 1963字

 そこは俺が覚えていた場所とは違っていた。
「これは…」
 廊下の両側は、宇宙開発研究室の小奇麗な扉ではなく、等間隔に並んだ頑丈な金属棒が空間を仕切っていた。
「檻? …っ!」
 中を覗き込んだ俺は、ついに見てしまった。
 転がる複数の腐乱死体。人間のものだ。一部はミイラ化している。
「気密性と野生生物が入って来られないおかげですね」
 アイはこれまでと同じ調子だが、俺は精神的ダメージを食らって計器が乱れてきた。
 俺の中にはバートが無断で入れた特別回路があり、それが俺の感情をコントロールしている。一体全体、若手研究員だったバートがどうやってノーベル賞級の発明をして、どうして俺に組み込もうと思ったのかは解らないが、ともかく、俺のメイン機器の動作はその特別回路に影響される。構成要素は随分違うが、病は気から、人間と同じなのだ。
「どうしました? もう電池切れですか?」
「いや大丈夫だ」
 俺は檻から目を背け、アイを見て心を落ち着かせる。
「しかし…いつから此処は人体実験場になったんだ?」
 第二抽出室。きっとあそこは実験室だったに違いない。嫌な予感は的中だ。
「判りません」
 俺は勇気を奮い立たせて隣の檻を見る。此方は空だったが、その隣にはまた死体。地下一階全体が収容施設になったのか?
 アイと奥へと進む。やがて、檻ではなく普通の部屋の扉もある事に気付いた。
 サンプルを運ぶ為慎重に歩みを進めるアイを置いて、俺は扉へ駆け寄る。部屋名は、長い間暗闇に閉じ込められていたお陰で色褪せずに読む事が出来た。
「第一抽出室」
 向かいにある部屋も確認する。
「計器室」
 廊下の反対側に戻り、抽出室の隣の部屋の案内を読む。
「定着室」
「此処はIC社の部屋の真下ですね」
 追い付いたアイが言う。
「宇宙開発室は何処ですか?」
「そんな事言ってる場合か。こりゃマジでヤバイ事してたっぽいぞ…」
「AL社がかつて何をしていたかは問題ではありません。私達の使命はサンプルを宇宙開発研究室に持ち帰る事です」
「なん…」
 と、此処で言い争いなど無意義だという事に気付く。アイの顔は相変わらず無表情だった。彼女は研究室がなくなった事に悲しんでいる訳でも、寄り道ばかりしている俺に苛立っている訳でもない。アイは、そうプログラムされた事を、遂行しようとしているだけなのだ。
「…宇宙開発室はなくなったか、移転したかのどちらかのようだ」
 俺ははやる感情を抑え、状況を説明する。
「それは多分、地下にこの施設を作る為だ。倫理的に人体実験がいけない事だという事は、アイも知ってるだろ?」
「はい。しかし、それは私達がテラを出発した時点での社会の流れです。その後変化があったかもしれません。歴史上、人体実験は幾度が行われ、その度に医療は格段に進歩してきました」
 俺は頭を抱える。確かに、アイの考えは典型的なロボットなら皆同じ様な答えを出すだろうものだ。しかし、人間の心が解る俺には、別のシナリオが見えていた。
 あの高度に文明化した社会で、今更中世の魔女刈りや第二次世界大戦のアウシュビッツの様な人間の扱いを世間が容易く容認するとは思えない。しかも、AL社はロボット製作の会社だ。きっとこのプロジェクトは国ぐるみかつ人知れず行われていたに違いなく、その為に…予算の為か場所の為か、宇宙開発から手を引いたのだろう。
 そしてこれは完全に勘だが、この研究が原因で人類は滅んだのでは?
 俺は自分の考えに半分呆れた。これはまるで科学じゃない、スピリチュアルな所に理由を求めている。だが、これは普通のロボットには絶対出来ない考え方だ。
「通信が途絶える前、AL社のオペレーターはこう言っていました」
 俺が黙っていると、アイが話し始める。
「『残念だが今日で口頭での報告会はお終いだ』」
「ああ、でもそれは随分早い時期の事だ」
 当初リアルタイム配信で行っていた各スペースシップからの報告会は、テラと宇宙船との距離が離れるに従い難しくなり、途中で録画データを送信する形に切り替わった。それすらも遂には難しい域に達すると、俺達は人間の為に顔を撮影する事はなくなり、ただ観測データだけを研究所に送っていた。
 しかし、データを受け取る度に研究所から返されていた信号さえ、遂には届かなくなってしまった。俺達が、地上のアンテナが送信できる強度の電波では届かない距離に出てしまったのかもしれないし、宇宙船側の強度が足りずに研究所は俺達を見失ってしまったのかもしれない。または…その時突然人類は滅んだのかもしれない。
 だとしたら、原因は何だ? テラの環境や建物が壊されていない、という事は、核兵器戦争が起こった訳ではなさそうだ。
 今のこの世界[テラ]には、生きた人類だけが欠如していて、それが俺に超科学的な出来事があったのではないかと感じさせるのだった。

『創呪擦罪 骨肉相噛』がアマプラで聴ける事ご存知でした?
私は知りませんでした。