第3章:死する躰

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  • 6803字

 襖と反対側、縁側に出る障子の隙間から、宗三と小夜が殆ど一部始終を見守っていた。
「ご覧なさいお小夜。あれであの二人、まだ契ってないんですよ?」
「江雪兄様も主も真面目だなとは思うけど、宗三兄様はちょっと悪趣味だよ……覗きなんて」
「ふふっ。でも、面白いじゃないか」
 二振は見つからない内にその場を去った。宗三はなんだかんだで兄の恋路は応援しているつもりだ。しかしそれよりも、小夜には気になる事がある。兄の寝言と審神者の言葉。あれは……彼女の諱だ。とんだ事を知ってしまったな、と小夜は無意識に口を押さえた。
 江雪は朝食を食べながら内省していた。あんな夢を見るなんて。神隠しなどしたくない、というのが上辺だけの決意だったと認識し、猛省する。いや、したくない気持ちも確かにあるのだ。彼女には現世に帰って、彼女の人生を歩んでほしい。神隠しなど絶対してはならない。
 だから自分は彼女に近付かない。向こうから近付いて来るならその分下がる。そうするしか、今は彼女を守る方法が解らない。自分から彼女を守る方法を。
 食堂の扉が開き、清光と安定が話しながら入ってくる。清光が江雪を睨み付け、すぐに目を逸らした。江雪も彼を一瞥すると、手に持っていた味噌汁を掻き込む。
 しかし、むざむざ他の者に奪われるくらいなら。自分は彼女を隠してしまうだろう。
 江雪が箸を置いたのを見て、皿を片付けに来た歌仙が話しかけてきた。
「お小夜の兄上は相変わらずよく食べるね。ところで、もう一振[ひとり]の兄上を知らないかい? 当番の途中で姿が見当たらなくなって……」

 審神者は着替えると粟田口兄弟の大部屋へと向かっていた。この部屋は板張りにカーペットや畳という誂えになっていて、仕切りを移動させる事で幾つかのスペースに区切る事ができるようになっている。一期を呼ぶと、部屋の奥から微笑みを崩さずに颯爽と現れた。
「ちょっと現世に出かけてくる。留守の間、本丸の事お願いね」
「かしこまりました。お気を付けて。……お供は必要無いのですか?」
 いつもは清光がお供しているが、清光の部隊と江雪が急遽出陣する事になったのは、弟を通して一期の耳にも届いている。
「前田君を貸してくれるかな?」
 たまたま前田藤四郎が近くに居たので言うと、本人が「喜んで」と返した。審神者は画面が付いたままのタブレットを一期に渡す。
「あと、『誉システム』というのを考えてみた。この前骨喰に、戦績を理由にカメラを買ってあげたし、江雪にも相談されてさ。一部の[]だけに認めると不公平だから、皆に概要を伝えといて。第一部隊には私の方から軽く説明しといた」

「『誉システム』、どーよ、あれ」
 転送装置に乗り込みながら、和泉守兼定が誰に話しかける訳でもなく言った。堀川国広が最後にその隣に並びつつ返す。
「僕は賛成かな。具体的な褒美が出るなら皆頑張ると思うしね」
 転送装置の扉が閉まる。本日出陣するのは、清光、安定、和泉守、堀川、骨喰、そして鯰尾の代理の江雪だ。明らかに江雪に聞かせる様に清光が言う。
「俺、主に誉十個貯まったら現世で一日デートしてってお願いしてきた。ったく、相手は格下って判ってるんだから、五振[ごにん]でも何とかなるのに」
 どうやら政府から相手の情報が全く無かった訳ではないらしい。清光が転送装置を操作する。かたん、と扉にロックがかかり、準備ができるまで暫くはこのままスタンバイだ。
「でも、江雪さんが来たからには、相当頑張らないと一番取れないね、加州さん」
「第一、清光が一番多く敵を倒す事なんて、普段からそんなねーだろ」
 素早い動きと抜群の切れ味で敵を砕く骨喰藤四郎。スイッチが入ると歯止めが効かない大和守安定。和泉守を狙う敵を片っ端からやっつけていたらいつの間にか功績を上げている堀川国広。いつもこの三振で敵の取り合いだ。行く前から精神攻撃を受けて清光のメンタルが以下略。
「江雪さんも欲しい物があるんだって? じゃあ僕は程々にするよう気を付けるよ」
 堀川の笑顔は無邪気だ。骨喰も堀川に同意したが、江雪は首を横に振る。
「いつも通りでいてください。この決まりの所為で全体の戦績が落ちては意味がありません」
「僕は手加減できそうにないから、そうさせてもらうよ」
 安定はマフラーで口元を隠した。堀川が江雪に、誉を貯めたら何を強請るのか尋ねる。
「それは……」
「はいはい、準備終わったから転送開始するよ?」
 清光が会話を止めさせた。全員が頷くのを確認してから、清光は操作パネルに触る。


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