第3章:死する躰

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 黒背景のテキストエディタを食らいつくように見ていたコウを、穂村が呼んだ。穂村はブルーライトカットグラスを外して胸ポケットに差し込む。
「もう三時だ。何か買って来よう」
「先に行ってて。もうちょっとでできそうだから」
 あとは修正パッチを完成させて、転送装置が休止状態の拠点から順に当てていくだけだが、作業には五時間以上かかりそうな見込みだ。夕飯時には間に合わない。
 コウは、こういった手先だけの作業も嫌いではない。慣れてしまえば単純な仕事だが、慣れるまでには相当の知識や技術を必要とする。それは他者にも認められ、こうやって仕事も報奨も貰えている。けれど……これをやりたかった訳じゃない。
 江雪達はもう本丸に戻っているだろうな、と、今更気にしても仕方が無い時間を気にしながら、コウはパッチの最後のテストを行った。
「肉体って買い取れると思う?」
 一区切りついてお茶とサンドイッチを手に休憩室に現れたコウの第一声に、穂村は咀嚼していたおにぎりを喉に詰めかけた。お茶で何とか流し込み、掠れた声で確認する。
「刀剣男士の傀儡の事? お金さえあれば何とかなるんじゃない? 所詮はクローン人形だし、終わったら廃棄されるか移植用になるだろうから。或いは、修復不可能な欠損しましたって嘘ついて、新しい肉体送ってもらうとか」
 おにぎりを食べ終わり、穂村はデザートのプリンに手を伸ばす。
「問題は、精神の方だと思うよ。寝たきりの人形が欲しい訳じゃないんでしょ?」
 肉体は意思を持って動き、自ら食事や排泄を行わなければ生命維持装置無しで生命活動を行えない。しかし、その精神は一体どこから持って来れば良い?
「……どういう意図かは解らない。ある刀に『死する躰』が欲しいって言われて」
 死する躰を。あの時江雪は、ただそれだけを口にした。
「……またまた。それ、『人間になりたい』って意味だよ」
「穂村君もそう思う?」
 コウは二つ目のサンドイッチの袋を開ける。聞いた事はあった。喚び出された刀剣の中には、人の肉体や生活を気に入り、刀解を拒んだり付喪神の本霊から独立した存在になる事を望む者も居る、と。
「けど、『死する躰』か……」
 穂村も「人間になりたがる刀剣」については色々な噂を聴いたが、死を前提に話を持ちかけた刀の話は初めてだ。横目でコウを見る。彼女は理解しているのかしていないのか。死ぬという事は、生きるという事だ。その刀剣は、何の為に生きようとしている?
「コウちゃん、終わったら晩御飯一緒に食べよ」
「良いけど……まだお昼食べてるのに……」
 彼女はきっと気付いていない。それともそういう振りなのだろうか。自分に向けられている好意に対して、淡白な態度を返すのは。


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