第2章:江雪が望むもの

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 防具と面を付けた背の高い男が、金属製の格子の下から言った。
「どこからでもご随意に」
「そちらこそ。どこからでも打ち込んできて下さい」
 同じ格好をした、ほぼ同じ背格好の別の男が、彼と向かい合っている。
 ……そのまま何分が過ぎただろうか。
「おーい、早くしろよー」
 見かねた薬研藤四郎がそう声をかける隣で、コウは腰に居合刀を結んでいた。
「しっかし大将、この格技室とやら、どの本丸にもあるのか?」
 薬研は防具を外して胸元を広げ、暑そうに襟をばたばたさせている。格技室、と呼ばれている棟には、今居る板張りの部屋以外にも、畳を敷いた部屋や、弓道場まで設置されている。
「前に演練で他の本丸の奴等に聞いたが、手合せの部屋は一つだけだって言ってたぞ?」
 審神者は集中して刀を振っていたが、型が終わった所で薬研の隣に移動して休憩する。
「薬研が来たの、工事終わってからだっけ? 私も武道やってたから増築してもらったんだ」
「へーえ。道理で詳しい訳だ」
 出陣して途中撤退した事など一度も無い。全戦全勝を収める手腕は伊達ではないという事か。
「結果的に皆の手合せにも活用できて、良い投資だった」
 江雪と宗三が行っているのは、剣道だ。ようやっと宗三が動いて、江雪に竹刀を繰り出した。江雪はそれを避け、反撃する。
「でもよ、こんだけのを造るとなれば、相当かかってるだろ? どっかから横領でもしたのか?」
「人聞きの悪い。これは政府からの報奨金を充てたの」
 その時、ひときわ大きな音が鳴った。江雪が宗三の胴を打ち、決着が着いたらしい。二振とも暑そうに面を脱ぎ、此方に近付いてくる。
「報奨金とはねえ……。僕達は特別、何かやった覚えはありませんが」
 どうやら話を聞いていたらしい宗三を、江雪が咎める。
「もっと集中してもらいたいものですね」
「だって、気になるじゃないか」
「本気ではない相手に勝っても、嬉しくありません」
 江雪はタオルで頭から流れ落ちてくる汗を拭っている。その顔を見つめていた審神者と、江雪の目が合った。審神者は慌てて目を逸らして話を戻す。
「私の仕事に対する報奨だからね。私はあの装置の設計に携わったから」
 審神者は立ち上がると、窓から見える別の建物を指差した。物置小屋の様に見えるそれの中には、本丸と現世、或いは本丸と過去とを繋ぐ転送装置[タイムマシン]が入っている。
「私の指導教官[ボス]が研究の第一人者でね。あれのソースコードの一部は私が書いたの。バグ取りは殆ど私が……何三振[さんにん]揃って『信じられない』って顔してんのひど……」
「すみません……」
「いや、正直大将がそこまで凄い奴だったとは」
「寧ろ侍らせてください」
 今度は薬研が宗三の相手だ。普段は自らの短刀しか持たない薬研が長い竹刀を振るっているのは新鮮な光景である。何でも、宗三が一勝するまで続けるらしいが、既に薬研が二連勝、宗三は疲れが出てきてふらふらしている。あともう二戦くらいしたら止めてやろう。
 審神者は持って来ていた魔法瓶から冷たい茶を二つのコップに注いだ。一つは壁際で休憩している江雪に、もう一つは自分に。
「ありがとうございます」
 無言で頷き、江雪の隣に腰を下ろす。口を濡らしただけで水面を見つめていた江雪が尋ねた。
「貴方は、何故刀を振るうのですか」
「逆に訊くけど、何でそんな事気にするの?」
 審神者はコップの半分程を飲み干して返した。
「刀は、武器です。それも、時代遅れの。どうして貴方のような女性が惹かれ、学ばねばならないのですか? 理解できません」
「自分だけじゃなく、この世に存在する刀剣全てを否定する気か」
 審神者は半ば憐れみを含んだ目で江雪を見た。江雪の瞳はというと、意外にもその眼差しは慈愛に満ちている。審神者はまた目を逸らした。
「勘違いしている様だから言っとくけど、私は元々戦う為に武道をやってた訳じゃない。まあ、結果的に戦いの役には立ってるけどさ」
 薬研がまた勝った。もう一戦やっている間に話が終われば良いが。
「武道は肉体を鍛え戦いの腕を磨くだけじゃない。精神力や洞察力も鍛えられる。私は私のやりたい事をやる為に、心を研ぎ澄ましているの」
「でも貴方は今、そのやりたい事をやっていませんね」
 審神者は弾かれた様に立ち上がった。驚いた宗三がよそ見をし、また一本取られる。審神者はその音に我に返った。
「薬研、もうそのくらいにしといてあげな。さて」
 コップに口を付けようとしていた江雪の襟ぐりを掴む。
「軽く性差別発言があったね。仕置きに投げてやる」
「貴方の体格では無理でしょう」
「良いから着替えて。ついでに剥いでやる」
「おいおい、どうしたんだよ大将」
 薬研が仲裁して審神者は諦めた。自らの居合刀を片付け、更衣室へ向かう。
「気分を害してしまった事は、謝罪します」
 江雪の声が背中を叩いたが、審神者は振り返らない。
「……僕達も引き上げよう、兄様」
「なーに、よくある事だって」
 薬研は江雪の背中を叩いて慰める。江雪は知らないのだ。彼女が癇癪を起こすのが、よくある事だったという事を。


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