第14章:決断

  • PG12
  • 3805字

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初登場ドランクが理想の最強ミステリアスお兄さんムーブしてたり。
霧の島の話までは入っています。


 車外でヴィクトーが必死で考えている一方、当然車内の二人もめいめいに考えを巡らせていた。
 ジョアンナが先程四つのドアを全て全開にしたので、車内にエドガーとルークリシャが居る事は既にバレている。
(僕が少しは戦えるけど、ルークリシャちゃんをどう守るかだな…)
 エドガーは国外を流離っていた時期も長いし、アクション映画でも殆どスタントマンは雇わずに自分で演技する程度には体も動く。あまり真面目に使った事がないので全くの未知数だが、一応両親共に魔法使いだったのでやれば何かしらの魔法が役立つかもしれない。
 だが、ルークリシャは丸腰の上に素手で戦う能力もありそうに無い。彼女が人質に取られるのが一番厄介そうだ。
(ええっと、何だかややこしいな…)
 しかしこんな状況でも冷静に考えようとするのがルークリシャだった。彼女がローズバッドの血を引いている事を忘れてはならない。肝っ玉だけは座っている。
(あの人はお兄ちゃんの叔母さんで、お兄ちゃんは昔の事は全然記憶にないと)
 先程から兄の顔色が良くない。精神的にかなりダメージを受けているようだ。
 ヴィクトーは非戦闘要員であるにもかかわらず、北門では非常時にその策士っぷりを発揮して出世してきた人間だ。基本的には彼の判断を信じたいが、その銃を握る手が少し震えている。
 ルークリシャが此方を見ている事に気付いたのか、彼女とヴィクトーの目が合った。ヴィクトーはキッと口元を引き締め、銃を構え直す。
 その様子をジョアンナは見逃していなかった。
(…ふーん…?)
 ヴィクトーの反応に気を付けながら質問する。
「私達の可愛いマーカスが帰って来ないんだよ」
 ジョアンナが舐め回す様な視線でヴィクトーの瞳の色を窺う。[だんま]りを決め込むつもりと見て、ジョアンナは刀をヴィクトーの首に添えた。鳴かぬなら、脅して鳴かせ、というのがラザフォード流だ。
「あんたを見つけたとか言って、何処かに行ったっきりさ。あんた、知ってるんだろう?」
 彼女はヴィクトーの首を少しだけ切った。直ぐに血が滲んで来て、ルークリシャが息を飲んだ音がしたが、ヴィクトーは微動だにしない。先程の話によればカール大伯父が会いたがっているようだし、恐らく今すぐ殺される事はないだろう。
 余程怒らせない限りは。
「何処へやったこの裏切り者!」
 ヴィクトーは深く息を吸い込むと、一気に吐き出す。
ラザフォードの歌[レクイエム]が歌う楽園へ」
 ジョアンナが刀を一気に引いた。ヴィクトーの左肩に血飛沫が掛かるが、致命傷ではない。元々添えられていただけなので、首の皮が裂けただけだ。
「兄さん!」
 しかし、車側からは傷の様子が確認出来ない。慌てたエドガーが車外に飛び出したが、直ぐにジョアンナの魔法で地面に這い[つくば]らされる。
「邪魔すんじゃないよ。そうそう、言い忘れてたけどねえ」
 意地悪そうにジョアンナが口の端を吊り上げた。
「生かして連れて来いって言われてるのはリオだけだからね。そこに隠れてる子供もエドガーも、別に殺したって構わないのさ」
 ジョアンナが刀を振って血を払うと同時に追加で魔法を掛けた。エドガーが咳き込んで苦しみ始める。魔法で直接内臓を捩られているのだろうか、額に青筋を浮かべるエドガーの顔を見て、ヴィクトーは謙る事を忘れ駄目元で持ち掛ける。
「やめてくれ。俺の身体でも命でも差し出すから」
「駄目だね。あんたは一応父さんの孫だけど、エドガーの方は裏切り者の血しか引いてないからね」
 言っている間にエドガーの苦しみ方が酷くなってくる。ルークリシャは我慢出来ずに車から降りて彼に駆け寄った。
 そこで彼女はある事に気付く。
 ジョアンナは明らかに戦い慣れていない小娘の事は好きにさせておいた。
「…でもそれじゃ私の溜飲が下がらないよ」
 ジョアンナはヴィクトーに提案した。
「あんた、この小娘を殺しな。それか、エドガーをだ。そしたらもう片方の事は見逃してやるよ」
 フッ、とヴィクトーは笑った。何故笑ったのか解らなかったルークリシャは、エドガーの横で立ち上がると彼の方を見る。
「そんな事出来るかよ。ルークリシャを殺したらエドガーはお前等に殺される。エドガーを殺して俺が連れ去られたら、ルークリシャは森に置き去りにされて別の盗賊に捕まるか衰弱死だ」
「良く解ってるじゃないか」
 ヴィクトーはとてつもない嫌悪感を憶えたが、シャツが流れた血で濡れて気持ち悪い所為なのか、母に良く似た顔の女の露骨な嫌がらせの所為かの判断は付けない事にした。
「どうする? 決める前にエドガーが死んだら小娘の事も私が殺すよ?」
 ヴィクトーはルークリシャを見た。その水色の目は、既に何かを決めたようだった。
「ルークリシャ」
 ヴィクトーが手を伸ばして呼ぶ。ルークリシャはその険しい目付きに恐る恐るそちらへ向かった。
 ジョアンナが高笑う。
「どういう関係か知らないけど、弟が生き残る可能性に賭けるのかい」
「他の誰かの手にかかるくらいなら俺がやる」
 その気迫ある言葉に本当に殺されるかもしれないと怯えたルークリシャは逃げようとしたが、既にヴィクトーの指先が彼女の肩を掴まえていた。ヴィクトーはリボルバーを捨て、空いている方の手で刀を抜く。ルークリシャの腰をしっかりと抱え、抱き合う様な姿勢を取ってジョアンナに背を向けた。
「なんだいこっち向いてやりなよ」
「別れの言葉くらい言わせてくれ」
 いよいよ本気かと、ルークリシャは半狂乱でヴィクトーから離れようとしたが、ヴィクトーの力が強すぎて、結局しっかりと抱き抱えられてしまう。
 ヴィクトーの体にルークリシャの体がぴったりと押し付けられているので、彼女は彼の顔を確かめられなかった。エドガーの様子も判らない。ヴィクトーが自分を殺す筈が無いと信じたかった。だが彼女の頭はその思いを拒絶していた。
 兄は足手まといの自分を殺す事でエドガーと逃げ果せる作戦を考えたのだ。
「フン、まあ良いさ。ゆっくり甚振りながら殺すんだよ、私が良しと言うまで止めは刺させないからね」
 もはやルークリシャ自身の鼓動なのか、押し付けられた胸から聞こえるヴィクトーの心臓の音なのかも区別が付かない。殺されたくない。再度逃げようと試みたが、ヴィクトーがルークリシャの脇腹に冷たい刀の切先を当てたので、彼女は最早びくりとも動けなくなった。大人しくなった彼女に、ヴィクトーは呟く。
「連れて来るんじゃなかった…」
 そして薄着の彼女の肩が、服の上から何かで湿る。ヴィクトーが泣いているのだった。
「ごめん。謝って済む問題じゃねえが、ごめん」
 エドガーが激しく咳き込みながら言った。
「兄さ…っ! 駄目、…僕をっ…」
「五月蝿いねえ良い所なんだから静かにしてな」
 エドガーは再び大きく呻くと、強まった魔法に声すら出なくなったのか何も言わなくなった。
「…ルークリシャ、」
 ヴィクトーはエドガーの方は振り向かずに、右手に力を込めた。
「愛してる。お別れだ」
 ルークリシャは彼が何を言っているのか最早理解できなかった。腰が抜ける。
 ヴィクトーが刀を水平に滑らせた。ルークリシャの背中から血が迸り、刀を伝って地面へと落ちる。力を無くした彼女の身体を、ヴィクトーはそのまま抱え続けた。
「なんだい甚振れって言ったじゃないか」
 ジョアンナが半分不服そうに、半分満足そうに言う。激しい苦痛に耐えるかのように、ヴィクトーは想いを精一杯言葉にして吐き出す。
「気が済んだか? お望みなら喉笛でも裂いてやるよ! マーカスにそうしてやったようにな!」
 それを聞いたジョアンナは再びカッとなって刀を構えた。
「お前! 実の叔父になんて仕打ちを…」
 まっすぐにヴィクトーに向かおうとしていたその足が急に止まる。ジョアンナが振り向くと、エドガーが先程魔法で奪われて近くに転がっていた銃を構えて彼女を狙っていた。
「…っ!」
 油断した。ジョアンナは魔法でエドガーを制したつもりになっていた。しかし、エドガーの方が魔力が強く、これまで銃を奪われたり苦しんだりしていたのはすべて演技だったのだ。
 だが戦闘では彼女も負けてはいない。すぐさま左手で自分の銃を抜き、正確な狙いでエドガーの銃を弾き飛ばす。
「猿芝居なんて考えやがって」
 その隙にヴィクトーは刀を引き抜いて振り返っていた。ルークリシャの背に添えられていた左手は、親指の付け根の辺りに深い傷が出来ていた。
 彼はルークリシャを刺しているように見せかけて、実は自分の手の平を突いて血飛沫を上げたのだった。洋服をヴィクトーの血で真っ赤に染めながら、本当に腰が抜けたルークリシャがへなへなとしゃがみ込む。
 ヴィクトーは左手の痛みに構わずジョアンナに切り付けた。だが、手負いの彼の一撃を避ける事など容易い。器用に右手で刀、左手で銃を操るジョアンナに、明らかにヴィクトーとエドガーは押されていた。特にエドガーは丸腰なので、使い慣れない魔法で自分の身を守る事しか出来ない。ルークリシャを人質に取られない様に一定の距離を保つ事にも慎重だ。
 暫く何が起こったのか理解出来ていなかったルークリシャだが、二人がジョアンナとやり合う様子を見ていたら現実感が徐々に戻ってきた。そして、先程ヴィクトーが捨てたリボルバーが目に入る。
 気が付いたらそれに手を伸ばし、撃鉄が上がったままだという事を確認して引き金に指をかけていた。

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