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  • 980字

 その波はどう抗おうと私を深い深い闇の底へと連れ去る。
「ユウサ」
 リョウが私の名前を呼び、私が頭から被った膝掛け越しにちょん、と肩に触れた様な気がしたが、私は何も言わずに狸寝入りを続けた。暫くして小さい溜息と、部屋を出ていく音。
 彼に心配ばかりかけている事は重々承知していた。
 今日はその波が久方ぶりにやって来たのだった。攫われる、と思ったら恐怖でもう体が動かない。頭はぼんやりするし少し痛いような気もする。体はだるくて、こうやって学校に来るだけで精一杯、くたくたになり、私は疲れている振りをしてその「闇」と闘っていた。
 それは生理の時の痛みや吐き気や下痢の辛さにも似ていた。私は市販の薬では痛みを取り切れない。飲まなければ呻きのた打ち回るような所をなんとかじっとしていれば耐えられない事もない程度にするだけである。それでも医者曰く体質であるので病気でなくて何よりだが、その酷い時は何も出来ない。ただこの痛みの波が去るのを痛い痛いと思いながら何時間も待ち続けるだけである。
 一方此方の波が来た時は、私は怖い怖いと思いながら何時間も、場合によっては何日間も苦しみ続けるのだった。
 怖くて仕方が無くて、リョウの顔が見たかった。
 でもそんな時のリョウはいつでも、私の何かに怯える顔を見て、引き攣った作り笑いしかできないのだった。
 当然だろう。私は何をやっても駄目なのだ。その上このように暗い性格の人間を、誰が好きになるものか。
 そう思うと素直に甘える事も出来なかった。甘え過ぎて嫌われそうな気がした。
 それ以上に頼り過ぎて彼をも壊してしまいそうで。
 だからこうやって心を閉ざして生きていくのが正解なのだ。
「ユウサ」
 暫くして戻ってきた彼がまた声をかけた。
「今度、あそこ行くか」
「何処?」
 掠れた声を出し、少しだけ膝掛けをずらす。蛍光灯が眩しい。
 なんだかんだで話しかけられるだけでも嬉しかった。
「水族館。前行きたいって言ってた」
「……行かない」
 それでも、この波は私を遠くへと攫って行く。強い強い力で。
「ユウサ…」
「行きたくない」
 これでももう十分なのに、一緒に出かけたりでもしたら、私の中の闇がどんどん外に漏れ出て来そうだった。
「…そうか」
 リョウが自分の席に戻る音がする。
 これで良いのだ。
 リョウまで私の海に沈む事は無い。
 既に二人も犠牲になっているのだから。

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